夢の導線
松長良樹
夢の導線
『夢売ります』と言うのは、なにも安っぽいCMのキャッチコピーばかりを言うのではない。
それが現実となった世界では、夢の売り買いが、きな臭い気配を発散する。
暗い空気の淀んだ雑居ビルの狭間に、俺は蒼白い顔色のまま懐にガンを忍ばせ、赤い無人タクシーから降りたった。
ここはキールシティ51地区。21世紀から置き去りになった街。
俺はこのスラムの一郭にご法度の夢の売人が暗躍するのを探り当て、ここにやってきた。情報屋に飴をなめさせたのが効いたって訳だ。
今のこの世界じゃ夢を見るのもままならない。夢までが当局の規制下にある。
いつの頃からかVRマシンに依存する者が急速に増え、陶酔しすぎて自滅する愚か者が後を絶たなくなった。
豚小屋みたいな酷い家で目玉を動かしながら眠っている、汚い爺なんぞに俺は全く興味がない。
人がどんな夢を見ようが俺には関係ないし、それが現実逃避だろうがなんだろうが、俺には他人の人生に深入りする気なんて毛頭ない。
――俺は仕事でここに来た。
俺の仕事を簡単に言うなら、賞金稼ぎと言うのが一番わかりやすいだろう。
昼間から夢見心地の奴をあまり好きになれないが、俺が虫唾が走るほど嫌いなのは、闇で夢を売ってしこたま儲ける腹黒い連中のほうだ。奴らは決して夢を見ない。
大昔、アメリカ南部に禁酒法というものが施行されたと聞くが、この時代の法律、ドリーム・プリベンションにもそれに近い。
俺に言わせればダサイ法律ってところだ。
まあ、廃人みたいな人間が昼間から、公園に溢れるようになっちゃ保安局だって黙っちゃいられないだろが。
だが、そんなことはどうでもいい事だ。俺の目的はターゲットひっつかまえて、そいつを生きたまま局に連行する事だ。それができれば報酬にありつける。それでいい。
俺の頬を冷たい風が撫で上げる。薄暗い路地で餌を漁っていた野良猫が、俺に感づいてすっ飛んで逃げた。どうやら俺を嫌っているのは人間ばかりじゃなさそうだ。
そこは古めかしく、寂れた倉庫街のような場所だった。俺は黒い壁を背にして、息を殺しへばりつくようにして、薄明かりの灯った工場みたいな廃屋に忍び寄った。
ガラス越しに中の様子を窺がう。思った通り、ケビン、グレッグお尋ね者の二人が椅子に座り、その背後の大がかりな棚には無数のカプセルが規則正しく並べてある。
カプセル一個は10センチにも満たないが、それらの一つづつに、100万ギルの夢が詰まっている。
一個のカプセルが一個人の無意識界にフィットする仕掛けだ。
二人は何やら話し合っている。大方ろくな相談じゃないだろう。
俺は気配を殺し、尚も執拗に状況を観察する。隣のブースには頭にヘルメットみたいな装置をかぶったままベッドでお休みの二人の男がいる。
どうやらいい夢をご堪能なのだろう。
俺が保安局だったらこの場で奴らを、VR規制法違反として逮捕できる。
しかし俺には権限というものがない。だから量子ガンだけが頼りだ。力だけが奴らをおとなしくさせられる。
俺は唇を一回噛んで、ゆっくりとホルダーからガンを抜いた。そして凄みのある声でこう言った。
「ケビン! グレッグ! お遊びはそこまでだ。黙って俺と来い」
「てめえ誰だ!」
ケビンがまるでドーベルマンみたいな獰猛な顔をして俺を威嚇する。動じる俺ではない。
「あっ!てめえサミエルじぇねえか。どういうつもりだ。いつから局の手先になった?」
どうやらケビンは昔の俺を思い出したらしい。
「俺はもう昔のようなチンピラじぇねえのさ。これが俺の今の仕事だ」
ケビンもグレッグもしたたかに薄笑いを浮かべている。奴らは狡猾だ。決して油断はできない。
「おい、おい、サミエルまさか昔のダチを本気で撃つ気じゃねえだろ!」
グレッグがお道化たように嘯く。
「黙って来い。昔の俺じゃないんだ。二人とも量子ガンを浴びて蒸発したくないだろ」
「てめえ、本気か?」
「……」
「どうしてもか?」
「ああ」
その時ケビンが口笛を吹いた。すると奥のドアが開いて後ろ手に縛られたブロンドの女が、男に押されるようにして現れた。
俺は女を見た途端、呼吸を忘れそうになった。心が一片の木の葉のように翻りながら底知れぬ闇に落ちていく。
「エレナ!!」
俺はそう叫んだ。
「そうだ。エレナだ。こいつは俺らの所に夢を買いに来た客だよ! それもちょうどいいタイミングでな! お前の昔の恋人も今は哀れな夢の中毒患者だ。おまえがガンを撃てば、この女も死ぬ。それでもいいか。もし俺らを見逃せば、お前が貰う報酬の倍を出すぜ。なあ、サミエルよく考えろ!」
エレナの喉に男のナイフが触れている。俺の思考が鉛のように重く固まった。
「サミエル、おまえいくらで仕事を請け負ったんだ? 金なら、しこたま出してやると言ってんだ!」
「悪いが、俺はきたねえ金は欲しくないんだ」
「けっ! ぬかしやがるじゃねえか!」
不機嫌そうにグレッグが床に唾を吐いた。
「なあ、サミエル、面白れえ話を教えてやろうか。エレナはここに来るとき金を少ししか持っていなかったんだ。料金が足りなかったんだよ」
俺はただ茫然としてケビンの言葉を聞いた。
「で、どうしたと思う? エレナは足りない分を身体で払ったんだ。わかるだろ、サミエル。この女は俺らに可愛がれて、涙流して喜んでたぜ! イカレタ、哀れな女だ」
俺はその言葉を無表情で聞いたが、込み上げてくるマグマのような怒りを制御できなくなった
――許せない。俺の心の安全装置が弾けて飛んだ。
「ちきしょう!!」
俺はついに量子ガンの引き金を引いた。
※ ※
俺が目を開けた時、三人の男がベッドの俺をじっと見つめていた。そして一人が拍手をすると、二人もつられたように拍手をした。
俺はゆっくりと周囲を確かめるようにして立ち上がった。
濃紺の制服を着た局長の満足そうな顔。
「おめでとう。サミエル君。保安局の試験に君は見事にパスした。たいしたものだ。君は鉄の男だよ。よく女と金を断ち切ったものだ。明日から正式な犯罪捜査の局員だ」
――俺は表情も変えず黙ってVRヘルメットを外した。
了
夢の導線 松長良樹 @yoshiki2020
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