第10章 絶望と影

第10章 絶望と影 その1

 ボエニア共和国首都であるペタロポリスのオフィス街の一等地、そこに第一旅行の本社ビルはある。

 リバーサルは本日二度目の来社であり、ジェンキンスも過去何度か来たことはあったが、ノアはまったく初めての来社であったが、その本社ビルに思わず圧巻させられてしまった。


 表面は全面ガラス張りとなっているが、外から中を見えにくくするため、外側から見るとスモークがかっているように見えるが、内側からは外の様子がしっかり見れるという特殊なガラスを使用しており、そんなガラスを使ったガラス張りの階層が11階もある立派過ぎる建物であり、一番上の階にはでかでかと第一旅行のロゴが飾られていた。


 地上駐車場からリバーサルとジェンキンスにノアは連れられ、社内に入り、受付を終えると、エレベーターに乗ってリバーサルは五階のボタンを押した。


 五階のフロアは全面が企画部のオフィスとなっていた。

 企画部は第一旅行の要であり、人員も多く配置しているため、部署を第一部と第二部に分けており、オフィスもルートボエニアのように、各部署が同じ一室のオフィスにあり、そこから部署ごとにブースという形で、パーテーションで区分されているのではなく、第一部は第一部のオフィス、第二部は第二部のオフィスと、各部署ごとに一室オフィスを構えていた。


 ノア達が赴いたのは企画第二部であり、オフィスに入ってすぐ目に入ったのが、巨大なボエミア共和国の地図だった。

 企画第二部は主に、ボエミア共和国国内の旅行企画を専門にしており、その形跡は巨大な地図以外にも、国内の観光名所のパンフレットや名産グルメなどが載った雑誌などがびっしり並んでいたり、国内の船だけに限らず、バスや、ボエミア共和国の列島の端から端を結ぶ鉄道、共和東西国鉄の路線図や時刻表なんかも貼り出されており、その中にはルートボエニアのものもあった。


 以前までなら社員たちは、企画チームなどで集まって話し合うことが多いため、自分のデスクに座っている人間は少なかったのだが、今は皆が自分のデスクに座り、自分の与えられた仕事をこなしているだけで、新しい旅行企画の立案などは一切行っていなかった。

 というのも、第一旅行は買収された身であるため、今後はその買収先の意向も汲み取った企画作りをしなければならなかったので、とりあえず会社が落ち着くまではこうやって、新規の企画は作成せず、現行の企画を見直したりする程度に収まっていたのだ。


 そんな働く第一旅行の社員たちを横目に真ん中の通路をずっと進んで行くと、その先のど真ん中に企画第二部部長のポストの座席が堂々とあり、そこにスカーレット・フェルゴールは座して待っていた。


「ルートボエニア社長のノア・ディストピアです。フェルゴール部長、お忙しい中わざわざお時間をいただき、ありがとうございます」


 フェルゴールの前で、ノアとジェンキンスとリバーサルが並んで頭を下げて挨拶をすると、「おお」と言ってフェルゴールはその場から立ち上がった。


「社長が新しい方になったことは存じ上げてましたが、女性だったんですね。立ち話もなんですし、どうぞこちらへ」


 髪は緋色の短髪で、背丈は175センチほどあり、スラっとした細身である。

 男性にも女性にも見える、中性的な整った顔立ちをしており、かっちりとした黒に、薄いラインの入ったメンズスーツをフェルゴールは着用しており、スッと細いその右手を出すと、オフィス内にあるガラス張りの小会議室へといざなった。


「どうぞお掛けください」

「では失礼します」


 フェルゴールとノア達は大きな机を挟んで、対面する形で席に座った。


「ご紹介遅れました、わたしは第一旅行企画第二部の部長をしておりますスカーレット・フェルゴールです」


 フェルゴールはスッと頭を下げると、ノアもそれに準じて下げ返した。


「今回来ていただいたのは……まあ大方検討はついておりますが、どのような御用件で?」


 契約を破棄した後に面談をしに来たのだから、その理由はもう分かっているようなものだが、一応形式を重んじてフェルゴールはノアに尋ねた。


「今回お伺いしたのは、御社が他企業へ買収されたとお聞きしまして、その買収先と、その買収が行われたことによって、何故弊社との契約を解消されることになったのか、その理由をお聞きしたく伺いました」


 ノアが言うと、フェルゴールは予想通りといった感じで首を軽く縦に動かした。


「まず最初の質問である買収先についてはお教えすることはできません。機密事項ですので。そして契約解消についてですが、これについては買収に伴う、弊社側の事業整理と考えていただいて結構です」

「事業整理ですか……」


 買収先を教えてもらうことができないのは予想通りだったが、契約解消の理由でどこか糸口を掴めるかと思いきや、フェルゴールに完璧な受け答えをされたため、ノアは動揺したが、そこで追撃を加えたのがジェンキンスだった。


「フェルゴールさん、つまりそれは買収先にとって、弊社の契約が何か不都合になるから事業整理をするという解釈でよろしいのですか?」


 フェルゴールは少しだけ間を取ってから、「解釈につきましてはそちらのご想像にお任せいたします」と、ふらりふらりとジェンキンスの攻撃をかわしてきた。

 このことからかなり手強い相手だと認識したノアは、正面突破を諦めて、事前に打ち合わせをしていた通りに、少し回りくどいやり方に切り替えることとし、会社から持ってきた第一旅行の資料ファイルをトートバッグから取り出した。


「お言葉ですがフェルゴールさん、弊社はヨツギ諸島への唯一の航路を所持しており、こちらの資料によりますと、ヨツギ諸島への観光客数は急な増加は無くとも、年々僅かに上昇しております。更に今後

ニューハマにはジャック・ザ・ペーパーの新工場も創設され、ヨツギ諸島側の人口増加も予想されます。

そうなるとモチロン、ペタロポリスへ観光する人間も増えるでしょう。しかしもし弊社との契約を打ち切るということは、即ちヨツギ諸島観光のこの上がり幅と、人口増加の恩恵を丸々捨てるということになるのですが、そのことをフェルゴールさん自身はどう考えておりますか?」


 しっかりとしたデータを持ち出し、尚且つ会社の部長としての解答では素直に答えないだろうと考えたノアは、あえてフェルゴール個人の解答を訊き出すことにした。

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