第9章 追い風は向かい風に その4
「あっ……あなたは確か社長? でも何で?」
「気がついて良かったです。それより、あなたが第一旅行の担当者ですね?」
「は……はい。エパーニ・リバーサルです」
「ではリバーサルさん、第一旅行を買収した相手ですが、それは一体どこが?」
「えっと……」
リバーサルは口を籠らせたが、ノアの真剣な表情を見てすぐに白状した。
「実はまだ分かっていません……」
「ええっ!?」
驚愕したノアはしゃがんだまま、その場でのけぞりそうになってしまったが、片膝を床に着けていたのと、リバーサルの両肩を握っていたのでなんとかバランスをとり、後ろに転ばずにすんだ。
「だ……大丈夫ですか社長!?」
そんなノアをリバーサルは案じたが、「わたしは大丈夫」とノアは一言無事を伝え、立ち上がってから続ける。
「それより、何故買収先が分からないんですか? 直接第一旅行から情報は得られなくても、買収が起こるなら株価に影響が出たりしたはずでは?」
「ええ……ですが二週間前くらいから第一旅行は上場を取り下げ、子会社の第一出版共々非公開化をしていたので株価では追えなかったんです」
「ということは、第一旅行は買収をされたというよりは、その相手の企業に子会社ごと丸々引き渡したということになるんじゃ……?」
「まあ……そうなると思います。おそらくは」
「一体どこなのかしら……」
ノアが顎に指を当てて考えていると、ブルックソンとアルビナが遅れて営業課のブースにやって来た。
「おお、社長! やはりここでしたか!」
「ブルックソンさん、おじさん、先にリバーサルさんから話は聞いたのですが、どうやら大変なことが起きてるみたいです……!」
「大変なこと? どういうことだノアちゃん?」
それからノアは先程リバーサルから聞いた、買収先が不明なこと、第一旅行が非公開化をしていたことをそのままブルックソンとアルビナに話した。
「ということなんですが……」
ノアが話し終えると場は沈黙に包まれ、ブルックソンとアルビナ共々、苦虫を噛み潰したような顔をしており、それから少しして、先に口を開いたのはアルビナだった。
「しかしあれだけの企業がわざわざ非公開化までして会社を明け渡すなんて、用意周到だな……よっぽど良いところに拾われたのだろうな」
「しかし副社長、その買収と弊社との契約解除に一体何の繋がりが? これでは弊社がただ、とばっちりを受けただけになってしまいますが?」
「うーむ……確かにそこが分からんところだな……」
腕を組んで考えるアルビナの隣で、ブルックソンはいても立ってもいられなく、顏は引きつらせながらその場を歩き回り、落ち着きを欠いているのが丸分かりだった。
「部長になって早々こんなピンチに直面するとは……ああ、これでは営業課がっ! ……ちょっと待て?! リバーサル君っ! あそこはっ! 第一旅行出版のことは、何かフェルゴール部長は言ってなかったのかっ!?」
するとブルックソンは目を見開いて、興奮していたために、必要以上の大声で尋ねるも、一方のリバーサルはその大声にビクッと驚きつつ、首を横に振った。
「い……いえ何も……」
「そ……そうか……しかし親が契約を解除してきたのなら、子もやりかねん……社長、副社長、私広報課へ行って参りますので席を一旦外させていただきます」
「はい、そっちはよろしくお願いします」
「では」
ブルックソンはノアとアルビナに向かって一礼すると、広報課のブースへと歩みを進めて行った。
「しかし第一旅行との契約破棄となるとウチの経営をも左右するな……ノアちゃん悪いが、俺は役員に召集を掛けて緊急の役員会を行う準備をしようと思う。あとは任せても大丈夫かい?」
アルビナが言うと、ノアは即座に首を縦に振ってみせた。
「ええ、大丈夫です」
「うむ、じゃあよろしく頼む!」
それからアルビナも営業課のブースを後にし、残ったのはノアとリバーサルの二人だった。
「社長、これからどうしましょう?」
頼りない目つきでリバーサルが問うと、ノアは意志の強い眼差しをリバーサルに向け、即座に答えた。
「わたし達は第一旅行の買収先を追うことにしましょう。そこにこの契約破棄の本当の理由が隠されているような気がします」
「な……なるほど……」
「とりあえず……第一旅行の本社に向かいます」
「えっ!?」
リバーサルはギョッとした。
「先程自分が行ったばかりなのに行くんですか?!」
「ええ、でも今回はジェンキンス課長とわたしも同行します。課長と社長が出てきたとなれば、あっちも流石に無下な対応はできないでしょうから」
「なるほど……」
「リバーサルさんはもう一度フェルゴール部長に会えるかアポの電話をしてください。その際、課長と社長が同行することをしっかり伝えるように」
「分かりました!」
リバーサルはバタバタと大急ぎで自分のデスクに戻ると、机の上にある固定電話の受話器を手に取り、第一旅行の受付へと問い合わせをした。
その間ノアは営業課に居ないジェンキンスを探すため、営業課の不在プレートを見ると、ジェンキンスの所には第一会議室の札が掛かっていたので、第一会議室へと向かった。
ルートボエニアには二部屋会議室が設けられており、オフィスのような、各部署がパーテーションだけで仕切られている開放的な空間とは異なり、会議室は外に情報が漏れないようしっかり壁で囲まれており、防音対策も十分施されている場所となっていた。
なので、外からは中の音がまったく聞こえない故に、会議室の使用の有無を外からでも確認できるようにするため、扉には使用時に使用中の札を掛けることが義務付けられていた。
そして今、第一会議室の扉にはその札が掛けられており、ドアノブを回すと鍵がかかっていなかったので、ノアは失礼だと思いながらも、緊急事態だったので、突入することを決めた。
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