第9章 追い風は向かい風に その2

「はあはあ……それでこれ、何の話やったっけ?」

「はあはあ……確か社長の息抜きがどうとかじゃなかったか?」


 お互い消耗し合い、頭が冷えてきた辺りで二人はようやく元の話題のことを思い出した。


「あっ、終わりました?」


 座って休んでいたノアも、二人が落ち着いたのを見て、椅子から立ち上がった。


「社長、またお見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません……」

「いえ、少し座ったおかげで楽になったので」

「まあ休憩できたなら、結果オーライやなっ!」


 いつものようにケタケタと、リュウは楽観的に笑ってみせた。


「そういえばブルックソンさん、昨日営業課の資料は目を通したんですよね?」


 雑談を切り上げ、ノアは仕事の話へと話題を移行させた。


「まあ、ジェンキンスが渡してきた分は全て。あまり大きな声では言えませんが、ここまで酷いとは思ってもみませんでした」


 ブルックソンは近くに居るノアとリュウにだけにしか聞こえないような小さな声で、コソコソと言った。


「酷いって、どの辺りが酷いんや?」

「どの辺りって……正直全部だ。新規開拓も前期はゼロ。それだけならまだ仕方ないが、今まで旅行プランの移動手段としてパックに入っていた契約を二つも落としてる。これはお世辞にもちゃんと仕事してるとは言えない状況だ」

「かーっ! ウチらがボチボチ出版社に頭下げよる中、ようそれで偉そうな態度とっとったなコイツら!」


 リュウは横目でジェンキンスの座っている営業課長の席を睨みつけた。


「実状を理解していただけたなら結構です。とにかく、まずは今ある契約を持続させるため、営業課の人間に挨拶回りを徹底させるのはどうでしょう?」

「営業の基本はまず挨拶ですからね……分かりました、ジェンキンスに指示しておきましょう」

「ありがとうございます」


 ブルックソンの計らいに、ノアは頭を下げた。


「しかし勿体無いよなぁ〜」

「何が勿体無いんだリュウ?」

「いや部長、これまでなんぼも契約しとったのに、それを零しとるのが勿体無いと思ったんや」

「そりゃあ仕方ないだろ。こっちの不手際もあるだろうし、あっちの都合もあるだろうからな」

「でもそれでせっかく手間暇掛けて立てたプランをまんまと捨てるのはなぁ……せめてどっかで使えたらええのになぁ」


 そのリュウの一言で、ノアはピンと閃いた。


「ブルックソンさん、ウチって旅行代理店への営業をかける時、どんな営業の方法をとってるんですか?」

「えっ? そうですね……大体は移動手段としてプランに組み込んで貰えるよう各社に声掛けをして、旅行代理店が使いたいと連絡が入れば、打ち合わせに行くといった感じですかね」

「なるほど……ではプランの作成にはまったく手を出していないんですね?」

「まあ……そうなりますが」


 ここまで話して、ノアは自分の思い付きに確信を持つことができ、ニッと口角が上がった。


「では旅行代理店に営業を掛ける際、あらかじめウチで簡易的なプランを練ってから、それを代理店に持って行くというのはどうでしょうか? それなら今までより企画がスムーズに動くでしょうし、過去に他の代理店で使ったプランを参考にするという再利用もできますし」

「おおっ! それええやないか! それなら最初から船を使う打ち合わせも大方できるしな!」

「どうでしょう、ブルックソンさん?」


 リュウが絶賛する中、ブルックソンもなるほどと好感触を示していた。


「やってみる価値は十分にありそうですね……おい、ジェンキンスちょっと来てくれ」


 するとブルックソンはすぐさまジェンキンスを呼び出し、ノアが提案したことをそのままジェンキンスの前で復唱した。

 最初はノアの姿を見て、社長室で滅多打ちにされたことを思い出し、怯えていたジェンキンスだったが、その内容を聞くうちに、その顔は一人の仕事人の顔になっていった。


「どうだジェンキンス? お前の見解を聞きたい」


 ブルックソンがそう尋ねると、ジェンキンスは首を縦に振った。


「こちらの手間を考えたとしても、営業をスムーズに、しかも優位に進めるやり方としては断然アリだ。お前が考えたのか?」

「いや、社長だ」

「社長が!? そうでしたか……」


 するとジェンキンスはノアの方に向き直り、音を立てることなくスッと綺麗なお辞儀をしてみせた。


「先程の御無礼申し訳ございませんでした」

「いえ、あの話はもう決着が着きましたので気にしないでください。それより、この案は採用してくださるでしょうか?」

「モチロンです! むしろこんな案を頂いてありがたい……ああ、そうか」


 ハッと何かに気づいたように、ジェンキンスは直後、目を大きく開いた。


「どうしましたか?」

「ああ……いえ、働くってこういうことだったなと思い出して。しばらくの間、何も考えず上司から与えられた仕事を指示通りにこなすだけの日々を送ってましたので、こうやって自分達で考えて仕事をするといったことは久々でした」

「そうですか……そういえば、父からこんなことを言われたことがありまして」

「アメリデ社長ですか?」

「ええ……学生の時、宿題をしていて分からない部分は飛ばし飛ばしやってたんですよ。それをたまたま父が見ていて、その飛ばしてる部分はどうするんだって言われたから、明日友達に答えを訊くって答えたんですよ。そしたら父が、こなすだけだったらそれは人間のやることじゃない。考えて解決に至らせることこそが、人間のやるべき仕事や作業だと」

「なるほど……そうでしたか。でも、その通りだと思います。仕事から考えることを放棄したら、機械作業となんら変わりませんから……ノア社長、この件早速検討させていただきます」

「はい、よろしくお願いします!」


 するとジェンキンスは自分のデスクに戻ると、すぐさま営業課の社員全員に聞こえるよう声を張り上げて、これから営業課の新しい方針を決める会議を行いたいと呼びかけた。

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