第8章 大改革の兆し その2
「それで社長、次の旅客営業部の部長はどなたかお心決めされていらっしゃるのでしょうか?」
すると先程まで寄せていた眉間の皺が一気に緩み、眉を八の字にして、ブルックソンはノアに擦り寄ってきた。
「緩み切ったデロデロ顔に欲が出とるで部長」
そんな欲丸出しのブルックソンに、白けた表情でリュウはツッコミを入れた。
「リュウ! お前わざと誇張した表現を使ってるだろ! 普通デロデロじゃなくてデレデレだっ!!」
「アホが、自白しとるがな」
「えっ? ……あっ! しゃ……社長! 私は決して、けっっっしてそんなことは!!」
一人慌てふためくブルックソンを見て、ノアとリュウはしばらく笑い合った。
「ハハハッ! はぁ……いや、すいませんブルックソンさん。実はあなたにと思っているのですが……」
ノアがそう答えると、ブルックソンは前のめりになり、リュウも笑いが引っ込んで目を丸くしていた。
「しゃ……社長! ほ、ほほほほほホントに私が部長にですか!?」
「ホンマかいな! いよっブルックソン新部長! 今度昇進祝いに焼肉奢ってや!!」
「ああ、焼肉だろうが、しゃぶしゃぶだろうが、回らない寿司だろうが、この新部長が何でも奢ってやろう!!」
「やったー! 高い肉と高い酒ガンガン飲んだるでーっ!」
バンザーイと両手を挙げて両者は嬉々としてい
るあまり、ノアとしてはこの昇進に伴う大きなリスクについて告げにくくなってしまったが、やはり重大なことなのでしっかり伝えることにした。
「ブルックソンさん、実はこの昇進にはある条件を呑んでいただく必要があります」
「ハッハッ……ん? 条件?」
「なんや条件って?」
幸福気分に浸っていたブルックソンだったが、ノアのその言葉で現実に一気に引き戻され、リョウもブルックソンを焚きつけるのをやめた。
「実は……旅客営業部の実績の回復の有無で、わたしとエンジス部長との間で、互いの進退を賭けておりまして……」
「賭け!? 進退ってことは……社長は社長辞めるんか?!」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてリュウが言うと、ノアは首を縦に動かした。
「まあ、実績が回復しなければ、その責任を取る形で……その代わり実績が回復すれば、エンジス部長は今までの実績低迷の責任を取ってもらうため、この会社を去るだけでなく、大元の王国汽船も辞めることになってます」
「はぁ~……エンジスがその賭けに乗ったんか?」
「はい、意外とあっさりと。よっぽどわたしを潰したいのか、この会社の買収工作を急がされているんでしょう。まあどちらにしろ、わたしは勝負を仕掛けるつもりでしたので好都合でした」
「社長って見かけによらず、おっとこ前な性格しとるんやな! 増々気に入ったでっ!!」
「あっはは……ありがとうございますぅ~」
リョウはノアの肩を二、三回バシバシと叩き、思ってたより強く叩かれたので、ノアは痛みで笑顔を歪ませていた。
しかしそんな二人とは異なり、話を受けて正面で顔を真っ青にし、沈黙していたのはブルックソンだった。
「あ……あの……社長」
ブルブル震える唇で、やっとの思いでブルックソンは口を開いた。
「な、何でしょうかブルックソンさん」
「その……もし私がぶ……部長になった時その……私もその賭けに乗ることにはぁ……なるのでしょうか?」
「あー……乗るわけではないですが、目は着けられるかもしれません」
「目を着けられるっ!?」
さらっと言ったノアの一言に、ブルックソンは椅子の背もたれに着けていた背中をビクッとさせて、真っ直ぐに伸びた。
「何や新部長、エライけったいな動きして」
そんな姿のブルックソンのことを、リュウはケタケタと笑うが、ブルックソンは俊敏にリュウの方を向き、指を差して怒鳴った。
「おいそこっ! 俺のことを新部長と呼ぶな! 危ないじゃないかっ!!」
「危ないって何やねんそれ。さっきまでどんちゃん騒いで喜んどったヤツが何を……」
「さっきと状況が違うんダッ!! しゃ……社長、流石に私も会社を辞めねばならないとなると、困るというか何というか……」
リュウに対する態度とは異なり、ブルックソンはノアに向き直ると、ヘコヘコと下から慎重に断りを入れようとした。
「モチロンわたしが去ることになった場合でも、ブルックソンさんには残ってもらって、何とか課長には留めるよう努力は致します」
「ああ……配慮の程ありがたいのですが、しかしエンジスに目を着けられたとなると、社長がいなくなった後、どうなることか……」
「それは……確かにそうですよね。となると、部長候補辞退ということで、営業課の課長にということになりますが……」
「営業課……」
ブルックソンは悩む。
ノアが居なくなり、エンジスの居座る会社に残ったとしても、自分が昇進する目はほぼ皆無であり、それどころか、より力を持ったエンジスや営業課の連中は今までよりも自分や広報課を無下に扱うかもしれない。
それならいっそのこと、今まで散々マウントを取られてきた営業課を見返し、万年課長から脱却をする、この唯一のチャンスに賭けるのも良いのではないかと。
しかし長年勤め、万年課長とはいえ課長のポジションを掴んだこのルートボエニアを、エンジスに目を着けられ、追放されることになるかもしれないというリスクを考えると、そう簡単に決められることではなかった。
そんな踏ん切りの着かないブルックソンを見て、ついに痺れを切らしたのはリュウだった。
「あーもう! 社長、ウチが部長になるっちゅうのはどうやろか?」
「えっ?」
「はっ!?」
リュウのとんでも発言に、ノアとブルックソンは二人して仰天の声をあげた。
「リュウ、お前何を……」
「こんなハッキリさせれんアホを部長にするくらいなら、ウチがなった方がええやろ」
「お前! また上司をアホって……!」
憤慨しかけたブルックソンだったが、意を介さずリュウは続けた。
「課長、ウチはもう営業課やらエンジスのバカから圧力を受けて働くのはゴメンや! アンタがならんのやったらウチがなって、実績回復させられへんかったら、あのバカに飼い殺しにされん内にウチもこの会社辞めるだけや」
「そんな簡単に決められることでは……」
「でもすぐ決めなあかんことやろ?」
「それは……そうだが……」
ブルックソンの目が泳ぎ始めたのを確認し、リュウは最後の仕上げを行う。
「それに課長を顎で使えると思ったら、楽しみで楽しみでしゃーないわ!」
リュウに挑発された直後、ブルックソンはギリッと奥歯を噛み締めてから、鋭い視線をリュウに向けた。
「リュウウウウウ……あんまり俺をおちょくるのもいい加減にしろよ……!」
今まで見たことのないブルックソンからの気迫に、ノアは見ていて一瞬たじろぐが、隣でリュウはニヤリとしてやったりといった顔をしていた。
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