第7章 懲罰配置 その3
「そんな大そうなことじゃないですよ。罪を犯した人にはキチンと罰を与える……当たり前の事です。それにここでの彼の処遇はあくまで仮処分であって、本処分は王国汽船が下すことですから」
「まあそうだな……しかし何故掃除にしたんだ? 他にもやりようはあっただろう」
「あるにはありましたが、思い出したんです学生時代のことを」
「学生時代?」
アルビナはノアの意外な返しに、素っ頓狂な声を出した。
「ええ。わたしの通っていた学校にも不良がいまして、まあ何かやらかしたのでしょう、生徒指導室にその不良が連れて行かれて、その日の昼休みに校門前の掃除をさせらていたんですよ。それを思い出して、これにしようと思ったんです」
「ほお……」
「彼が普通の社員なら総務の雑務担当とかでも良かったのですが、王国汽船の出向組は部長クラスのポジションを与えないといけない決まりがあると聞いていたので、総務の担当範囲外である掃除を庶務部の部長として行ってもらうことにしたんです」
「はあ、なるほど……自宅謹慎処分とかは検討しなかったのか?」
「会社から離れたら罪の意識は軽くなりますし、なにより彼はウチに被害だけ被って去ることになりますから、そこはしっかり責任をとってもらうためにあえて働かせる方向にしたんです。そっちの方がウチのためにも、そして今後の彼のためにもなりますから」
「いろいろ考えた結果の処分ということか……フフッ」
「どうしました?」
口元を緩ませた静かなアルビナの笑い声に、ノアは首を傾げた。
「いや、アメリデのことを思い出したんだ」
「お父さんの?」
「ああ。ノアちゃんと同じで、思いつきのようで考慮された策を講じる……まさにそっくりだ」
「思いつき……まあ、そう思われても仕方ないっちゃあ仕方ない人事ですよね。ちなみにお父さんはどんなことを?」
「ルートボエニアの本社の場所だ」
「本社の?」
「ペタロ物流に行ったのなら、西港湾部は見ただろう?」
「ええ、なんというか、同じ首都にあるのに東港湾部と比べてまさに首都の大都会の港って感じの場所でした」
西港湾部の交通量の多い大通りと、港の傍に立ち並ぶビル群を社用車の助手席から見たのを思い出しながら、ノアは答えた。
「昔から東港湾部のことを田舎港、西港湾部のことを都会港と呼ばれていてな。それだけ港同士に格差があったのだが、もしノアちゃんが会社を建てるならどっちにする?」
「それはまあ……普通に考えたら西港湾部ですかね。栄えてますし」
「そう、この会社を建てる時もまさに今の質問みたいなことになってな。西港湾部と東港湾部に同じくらいの規模の土地があって、俺を含め他の創業当時のメンバーは全員西港湾部を推したんだ。だけどいざアメリデが契約してきた土地は、俺達の推した西港湾部ではなく、東港湾部の土地だったんだ」
「な……何かすいません」
あまりの父親の身勝手さに、ノアは思わず謝罪してしまったが、それを聞いたアルビナはいつもの豪快な笑い声で笑ってみせた。
「いやいやノアちゃんこの話には続きがあって、アメリデはみんなにその理由を説明したんだ。それを聞いたメンバーは誰一人反対する者はいなかったのだが、どんなことを言ったと思う?」
「どんなこと? それは今の状況でも推測できるようなことですか?」
「ああ、むしろ今はその結果が著しく出ていて、俺は心の底から東港湾部にこの会社を建てたのは正解だったと思っている」
「なるほど、そうですね……」
ノアは東港湾部と西港湾部の両方を考察し、そして西港湾部へ向かった時に目についたものをこれではないかと挙げた。
「王国汽船があるから……だったりして?」
「おおおおおっ!」
受話器からアルビナの歓声が聞こえる。どうやら正解を答えたようだ。
「流石はノアちゃんその通りだ! 当時西港湾部には王国汽船以外にもいろんな船会社があったのだが、しかしアメリデは、この西港湾部は船会社で溢れているが、互いに疲弊し合って最後には王手の王国汽船が一強になる、呑まれるくらいなら交通の便が多少悪くとも東の方がいいと言ったんだ。結果アメリデの言った通り、政府の政策変更と共に他の船会社は客を取り合い、縮小していき、最後には王国汽船の一斉買収で西港湾部はほぼ一つにまとまった」
「なるほど……もしウチが西港湾部に社屋を建ててたら今頃は」
「合併していたかもしれんし、いくつか残っている会社のようにボロボロになりながらも残っていたかもしれんし、どちらにしろ今の規模ではいられなかっただろう。これはアイツの英断だよ」
「そうですね」
二人でしみじみとしていると、アルビナ側の方からオープナーの声だろう、副社長行きますよとアルビナを呼ぶ声が聞こえてきた。
「どうやら時間のようだ」
「みたいですね。あっ、それともう一つの人事の方も」
ノアのその言葉を聞いて、ノアには見えないがアルビナは受話器を持ったままその場で俯いた。
「ああ……そっちは事前にパンドラの箱かもしれないぞと忠告しておいたように荒れると思うが、本当に大丈夫かい?」
「はい、箱の底には必ず希望があると思います。その希望がウチには必要ですから」
「そうか……」
「それにあそこには優秀な子がいます。勝手な真似はさせません」
「なるほど……あい分かった! いつかはあの部署にもメスを入れねばならなかったが、今がそのタイミングだというならそうしてみるといい!」
「はい」
「おっとオープナー君の催促が激しくなってきた。それじゃあ」
「ではまた」
通話は途切れ、ノアは受話器を置く。その直後、社長室の扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ノアが返事をすると、入ってきたのは旅客営業部長のエンジスだった。エンジスはどうも焦っているようで、扉を開くとスタスタと早足でノアの座っている座席の方へ歩み寄って来た。
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