第7章 懲罰配置 その2
だがノアはこのように、ワーナーが苦し紛れの抵抗をしてくることを見越していた。その上で彼女は、彼にトドメを刺す必殺の武器を用意していたのだ。
「残念ですねワーナー部長。あなたがここで認めていれば多少の容赦はしたものの、こうなったからには徹底的にやるしかない」
ノアが宣言すると、ワーナーはそれを笑い飛ばしてみせた。
「ハッ! 何を言い出すと思いきや……証明ができなかったからって、自分の権力で圧し潰そうったってそうはいきませんよ社長。俺の後ろには王国汽船があることを忘れてもらっては困る」
「……お金が無くなればお金を貰うために頼みに行って、自分の立場が危うくなったら言いつけに行って……あなたはまるで、過保護の子供のようだ。そんなお子様には、少々痛い目を見て世間の厳しさを知っていただく必要がありますね」
「なに?」
ワーナーは眉をひそめるが、構うことなくノアは手元の机に伏せておいた三枚の書類の内の一枚を手に取り、見せつけた。
「ワーナー部長、これは解約の条件が記載された書類です」
「なっ!? 何故アンタがそれを!」
「オーグルさんが持っている物をコピーさせていただきました。決してあなたが抜き取った物というわけではありませんよ?」
「グッ……クウウウウッッ!!」
ノアに扇動され、怒りを露わにするワーナー。だがこの怒りも、すぐに青ざめることとなる。
「この書類には解約条件に、互いの役員会の決定が一致または担当者の同意が成され、解約同意書の完成により解約を完了するとあります。同意に関してはあなたがオーグルさんを脅迫し、強制的にさせたようですね」
「…………」
「だんまりですか、まあいいでしょう。しかしこの解約条件、逆を返すとこれらの条件が満たされない限り解約にはならないということですよね?」
「……だから何だ」
「ワーナー部長、あなたお金の他に、まだペタロ物流から受け取っていない物があるんじゃないですか?」
「はっ? 受け取ってない物?……まさかっ!」
「思い出しましたか。そう、これですよね」
そしてノアはもう一枚の書類を手にし、それをワーナーに突きつけた。
「解約同意書のこちらは原本です。あなたの直筆のサインがそれを証明してます。そしてこっちの方……空欄のままになってますよね?」
ノアは念入りに空欄となっているペタロ物流担当者のサイン欄を指で差してみせる。だがワーナーはそれを見ても、すぐにその重要性に気づくことは無かった。
「だからどうしたって言うんだ?」
「だからどうした? いえいえ、これはあなたにとって致命傷ですよ? もう一度解約の条件を思い出してください」
「解約の条件なんて担当者の同意と解約同意書の完成が……完成?!」
「気づきましたね。そうです、この解約同意書は誰がどう見たって未完成品。つまり、解約手続きはまだ完了していないってことなんですよっ!」
「グッ!! グオオオオオオオオオオっっ!!!!」
ワーナーの悲鳴は静かなオフィスに響き渡り、そして彼は膝からその場に崩れ落ちた。
「クソッ……オーグルの奴、最後の最後で怖気づきやがって……っ!!」
「怖気づいた……確かにそうかもしれません。しかしそれは、危機察知能力に長けていたということでもあり、オーグルさんはあなたのことをまったく信用していなかったってことですよ」
「信用……だと?」
「ワーナー部長、あなたは自分の私利私欲だけに捕らわれ、人としっかり対面することも寄り添うことも忘れ、周囲を振り回し困らせた……上長どころか、社会人……いや、人間として失格です。あなたは欲を満たすだけの、動物そのものだっ!!」
「グッ……ウウウウウウウ!」
ワーナーは更に地に沈むが、しかしノアは責める手を一切緩めない。
何故ならワーナーの手についている場所はまだ地べたであり、地獄ではなかったからだ。
「今回の解約は破棄してもらい、今日の荷役からペタロ物流の方に代行してもらっています。あなたにはこの騒ぎの責任を取ってもらうよう王国汽船に報告し処分してもらいます……が」
「が……?」
「その間、あなたには業務部を離れてもらい、別の部署に行ってもらいますよ?」
そしてノアは机に伏していた最後の書類を手に取り、足元で震えるワーナーの元に歩み寄った。
「ドブロク・ワーナー殿、あなたを業務部部長の任を解き、庶務部清掃部長に任命いたします」
ノアの持っていた書類はワーナーの異動通知書であり、ノアはそれを読み上げてから、ワーナーの元にすっと置いた。
「庶務部……清掃部長? 何だそのふざけた役職は!」
「ふざけてません、至って真面目です。あなたのためにわざわざ無かった庶務部を開設し、わざわざ無い役職を作ったのですから。まあ、部員はあなた一人ですが」
「これは……横暴だ!」
「横暴? あなたの仕出かそうとしたことに比べたらよっぽど有意義なものですよ。ここを立ち去る前に一つでも役に立ってもらわないと、今回の責任の割に合いませんからね」
「なっ……!」
「業務内容はルートボエニア屋内、周辺、そして船内の清掃業務です。知っての通り、オフィスも船内も清掃は業者に委託しているので、その委託先の方に倣って業務の遂行をお願いします。直営の人間が就いた方が、何かと管理しやすいですからね?」
「グッ…………ちくしょうぅ……」
ノアの最後の言葉は、ワーナー自身が荷役の業務委託解約の理由をノアに述べた時のオマージュであり、それを聞いて彼は完全に地に伏せた。
***
「そうかペタロ物流との契約は続行することになったか……ありがとうノアちゃん、ご苦労だった」
「いえ、従業員や会社を守るため、当然のことをしただけです」
朝の九時過ぎ、ノアはペタロ物流とワーナーの一件を報告するため、オレンシティの支社にいるアルビナに電話を掛けていた。
「それでワーナー君の処理なんだが、昨日言ってたことを本当にやったのかい?」
「ええ、彼は今日付けで庶務部の清掃部長です。今も窓口の掃除を業者の方とやってますよ」
「いやすごいな……俺には多分、一生思いつかない発想だよ!」
アルビナの豪快な笑い声が受話器越しに聞こえ、ノアも自然と笑顔になった。
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