第7章 懲罰配置
第7章 懲罰配置 その1
午前六時、港に丁度フェリーランサイド号が着岸し、乗船していた旅客の下船作業に、一般車両や大型トラックやセミトレーラー、そしてシャーシや海上コンテナなどの貨物を積み下ろす荷役作業が行われ、てんやわんやになっている中、宿直社員も外に駆り出され、ルートボエニアのオフィスは暗くて人のいない状態になっていた。
そんなオフィスにワーナーは勝手口から入り、誰もいないことを確認すると、本革の高級ビジネスバッグを手に持ち、スタスタと早歩きで目的の場所に向かう。
ワーナーの目指していたところは業務部の資料棚。目的は、ペタロ物流に関する契約書類ファイルだった。
これまでずっと狙っていたのだが、ノアに先を越され手に入らずヤキモキしていたのだが、昨日の終業時間間際、そのファイルをグロードが棚に直しているところを目撃したワーナーは、翌日、つまりこの日のオフィスに誰もいなくなる入港時間に手に入れようと目論み、実行に移したのだった。
「ディストピアのやつ、コソコソと俺の周りを嗅ぎ回りやがって……だがこのファイルさえ無くなれば、アイツはもう何も追えなくなる。あの金は俺のものに……っ!」
「どの金があなたのものになるんですか、ワーナー部長!!」
ワーナーが資料棚を開き、ファイルを探そうとしたその時だった。オフィスの電気が一斉に着き、ワーナーが声のした方へ振り返ると、オフィスの表口にグロードが、そしてワーナーのすぐ目の前にノアが共に険しい表情をして立っていた。
「しゃ……社長……!」
「ワーナー部長、あなたはこの契約を使って私腹を肥やそうとしていたようですね」
「なんのことだか……」
「では何故こんな朝早くに出勤を? 昼勤の通常出勤時間は9時ですよ?」
「それは……だな……」
「それはこれが目当て……だからですね?」
ノアは隣にある机の上から、ペタロ物流に関する契約書類ファイルを手に取り、それをワーナーに見せつけた。
「それは!? まさか昨日のあれは俺をおびき寄せるための罠……ハッ!!」
「おびき寄せる? ということはやはり、このファイルが目的で間違いなさそうですね。それで、このファイルを手に入れて何をしようと?」
「何をって……」
「あなたはこのファイルから抜き取った書類の一部を改竄し、その改竄した書類をファイルに収めに来た……違いますか?」
「クッ……!」
ワーナーは自らの行動目的を手に取るように読まれたじろぐが、それでもまだ、逃れる理由を考える余裕はあった。
「……フッ、改竄した書類とは何のことやら……ここ最近、どこの誰だかがそのファイルにご執着なようで、ずっと保持し続けられて目を通せてませんでしたからね。だからこうして、誰かさんが出勤してファイルを持っていかれる前に確認しようと思っただけですよ」
ワーナーは溜息を吐きながらやれやれと、首を横に振ってみせたが、その程度の言い訳や挑発は、今のノアには通用しなかった。
「見苦しい……いや、聞き苦しい言い訳ですね。だったらその手に持っている鞄の中を見せてください。ファイルを見に来ただけなら、別に見せてもらっても構いませんよね?」
「それは……できないっ!」
「できない? 何故できないのですか? これ以上に無い、潔白を証明するチャンスじゃないですか」
「…………」
煽ってくるノアに対して、ワーナーはギリギリと歯を食い縛るだけで何も返すことができず、だんまりを決め込んだ。
そしてこの、相手が防戦一方で手が出せない状況をノアは始めから虎視眈々と狙い続けていたのだ。
「ペタロ物流の営業部長のオーグルさんから話は伺いました。ワーナー部長、あなた返金をする際会社の口座ではなく、別の口座にお金を入れるよう促したようですね?」
機は熟したとばかりに、ノアは攻めの体勢に入った。
「それは……」
「銀行はペタロポリス共和銀行、口座番号もしっかり教えてもらいましたよ」
「あの男……ペラペラとっ!」
恨めしそうな目つきでワーナーは空を睨むが、そんなことはものともせず、ノアは攻める手を緩めない。
「しかし経理部に確認したところ、この口座はウチでは使っていないことが分かりまして、それで口座名義を銀行に行って調べたら、ワーナー部長、アナタの名前になってましたよ」
「…………」
「その鞄お高そうですね? 幾ら使って買ったんですか?」
「ッ!?」
ワーナーはノアに言われ、鞄を持つ左手に力が入る。その仕草をノアは見逃さなかった。
「高級志向で、しかもその上ギャンブルも嗜まれているようで……でもそのせいでアナタ、王国汽船からの給与前貸しにしてもらってるそうですね? しかも何度も。この感じだと、既に借金もあるのでは?」
「何故それを……!?」
「部下の管理は上司の務めですから。そこでお金に困ったあなたは荷役代行の契約の事を思い出し、解約によって生じる、ペタロ物流からウチへの返金を横領する手口を考えた……違いますか?」
「クッ……!」
「正直の答えてください。でないとこの先、あなたにとっての地獄が待ってますよ」
「……フッ、何を言い出すかと思いきや……」
ノアの最終通告に、ワーナーは抗おうと冷や汗をかきつつも笑い、強がってみせる。
「その口座は確かに俺のものだ。だが、入金など指示していない」
「そんなっ! 確かにオーグルさんは部長から指示されたと……っ!」
グロードが言うが、ワーナーはそれを鼻で笑って一蹴した。
「だったらその証拠はあるのか? この口座にペタロ物流から入金があったという確固たる証拠が!」
「そ……それは……」
「…………」
グロードはたじろぎ、ノアは黙ってワーナーを見据える。
彼の言う確固たる証拠について、二人はそれを所持していなかった。それもそのはず、そもそもペタロ物流はまだ解約金を送金していなかった。
送金されていない金の流れなど追えるわけがなく、よってワーナーがオーグルに、自分の口座に解約金を流すよう指示したという証明はノア達にはできなかった。
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