第5章 不信人事 その3

「単刀直入に申します。ペタロ物流との荷役の業務委託契約、何故勝手に解除したんですか?」

「勝手にって、ねぇ?」

「とぼけても無駄です。現状はグロードさんから聞いてますし、役員の承認を得ていないことは副社長に確認済みです。あなたの独断で行った以上、それなりの理由を提示していただかないと、こちらも引きませんよ」

「フン、随分と勝気になりましたね社長。この前までは扱いやすかったのに」

「質問に答えてください」


 ワーナーの嫌味にも動じず、真っ直ぐとノアは立ち向かう。

 するとワーナーは舌打ちをし、めんどくさそうにしながら渋々ノアの質問に対する返答を示すことにした。


「管理を簡略化させるためですよ。ペタロ物流の連中がミスっても、結局責任はこっちが取るハメになるんだ。だったら管理しやすい直営でやった方がいいだろうと思っただけです」

「なるほど、つまり管理が面倒だから契約を打ち切ったと?」

「客からもそうだし、それにまあ……船の連中からもクレームってのは来ますからね。その処理ほど面倒な仕事は無い。だからその処理を簡略化して、業務の負担を減らしたということです」

「ちなみにクレーム処理は社員の方がするのですか? それともあなたが?」

「適時適任者が行っていますよ?」

「それはお客様のクレームも船からのクレームもですか?」

「まあ……そうなりますかね?」


 それからワーナーは磨いた爪の粉を吹き飛ばす。その態度は、とても上司に対するリスペクトなど感じることが無く、悪気の欠片も感じない挑発的なものであり、さすがにノアもここまでされると呆れて物も言えなくなりそうになるが、ここは真相を解明するため堪えた。


「確かに理不尽なクレームというのもありますが、しかし基本的にお客様からのクレームは貴重な御意見です。それに船員からというのも、同じ場所で働く上で互いを理解する材料になりますから、できる限り真摯に向き合うようにしていただかないと……」

「さすが元有名ホテルのコンシェルジュ様は違いますね~。志がお高い」


 フッと鼻で笑ってから、ワーナーは「心得ました」と付け焼刃な返事をしてみせた。

 それらの無礼な態度に、ノアはふつふつと怒りを覚えていたが、しかしここは冷静を装い、更に問い質していく。


「クレーム処理の負担を減らすためとはいえ、荷役業務を直営で行うことによって負担はプラスマイナスゼロになるのでは?」

「先程も言いましたがクレーム処理ほど面倒な仕事は無いんです。それに比べたら荷役をするくらいどうということは無いはずだ」

「それは皆さんの意見も聞いての判断なんですよね?」

「全員の意見を聞いてる暇は無かったから、一部の意見を参照しました」

「……では」

「社長」


 更に責めようとノアが次の手を出そうとした瞬間、それに待ったをかけるようにワーナーは声をあげ、爪を研ぐのを止めて席から立ち上がった。


「あなたここでロクに働いたことも無いのに、不適格な指導をしてもらっては困るんですよ。ウチにはウチのやり方があるんですから」

「…………」

「では、ちょっと用がありますので。話はこれで」


 するとワーナーはほくそ笑み、ノアとグロードの横を過ぎて行ってしまった。


「社長……すいません」

「グロードさんが謝ることはないです。それよりクレーム処理のことですが、ワーナー部長が言っていた通りお客様からのものも、船からのものも、適時適任者が行なっているということで間違い無いですか?」

「まあそうですね。クレーム対応の係というのは無いので、その時に応じて社員が対応してます。まあ……部長が対応してるところは見たことありませんが」

「ああ……想像はついてました」

「あれ? でもそういえば、荷役についてお客様からのクレームは来たことありますけど、船からっていうのは聞いたことありませんね……」

「船からのは聞いたことが無い? ……あっ!」


 そのグロードの一言で、ハッとノアは気づいた。

 それはよくよく考えると当たり前のことで、船員は客と異なり、荷役を行っているのがルートボエニアの社員ではなく、委託先であるペタロ物流の人間であることは把握しているはずだ。そうだとすると、船員がもし荷役のクレームを入れるとなると業務部にではなく、ペタロ物流の人間に直接入れるはずなのだ。いくらクレーム処理をしたことが無いワーナーでも、一応は業務部長だ。これくらいの理屈は分かっているだろう。


 では何故このようなことを言ったのか、その答えは明らかで、それが嘘であるからだとノアは確信したのだが、しかし流石に今の時点では、どうしてそのような嘘をワーナーが吐いたのかまでは分からなかった。


「グロードさん、ペタロ物流の連絡先と住所は知ってますか?」

「連絡先と住所ですか? ちょっと待ってください」


 グロードはノアの元を離れ、業務部の端に並んでいる観音開きの棚を開き、一冊のファイルを取り出すと、それを持って再び戻って来た。


「荷役関係のファイルです。多分これに……あった!」


 ワーナーの居なくなった部長席に大っぴらに広げたファイルのページには、ペタロ物流の住所と電話番号が記載されてあった。


「西港湾部か、ちょっと離れてるわね……グロードさん、車の運転できます?」

「えっ? 一応免許はありますが」

「よし、じゃあアポはわたしが取りますので、日にちと時間が決まりましたら教えます」

「アポって……ペタロ物流に直接契約のこと訊きに行くんですか!?」

「ええ、ワーナー部長の言ってることを鵜呑みにはできないので。それに……」

「それに?」

「ワーナー部長のあの嘘が気になります……この契約解除の裏に、何かあるんじゃないかと思いまして」

「なるほど……」


 グロードはノアの抱いたワーナーに対する不信感に納得する。どうやらグロードも今まで一度も聞いたことが無い、荷役中における業務部へ向けての船員からのクレームに関しては、気になっていたようだった。

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