第5章 不信人事 その2

「ワーナー部長には確認を?」

「朝一でしました。そしたら今日から荷役業務も自社ですると言い出して、これが部長の独断なのか、それとも会社方針なのか確認したくて社長を尋ねました」

「なるほど……わたしには話が来てないけど、ちょっと副社長に確認してみましょう。多分出社してると思うけど……」


 ノアは机の上にある固定電話の受話器を取る。電話を掛けた先はオレンシティにある支社だった。

 先のジャック・ザ・ペーパーの工場がニューハマシティにて建設されている報告を受けたアルビナは、貨物営業部長であるオープナーと共に、出張でヨツギ諸島に渡っていたのだった。


「はい、こちらオレン支店ツブラヤです」


 イクノリ・ツブラヤはオレン支店の貨物営業課長だった。オレンシティに渡ったことがないため、彼との直接の面識は皆無だったノアだが、その名前と役職は組織図に表記されていたので憶えていた。


「本店のノア・ディストピアです」

「ノア・ディストピア……ノア……ディストピア? ……ああっ! しゃ、社長でしたかっ! これは大変失礼いたしましたっ!!」


 電話越しではあるが、突然の社長からのコールにツブラヤが慌てふためいていることはしっかりとノアに伝わってきた。


「いえ、支店の方とは交流が無いので、憶えられてないのも無理はないです。それより、そちらに副社長はいらっしゃいますか?」

「ふ、副社長ですか?! 事務所にいらっしゃいますので少々お待ちください!」


 するとツブラヤは焦りの余り電話を保留することを忘れ、「ふくしゃちょーう! 社長からお電話です!」というツブラヤの声とバタバタ駆け回る音が僅かに聞こえ、それから「ツブラヤ君! 保留するの忘れとるよ!」というアルビナの声と共にゴトゴトという受話器を取る音が聞こえてきた。


「アルビナだ。おはようノアちゃん」

「おはようございます。何だかそっちは賑わってますね?」

「朝っぱらからはしゃいでいるのはツブラヤ君だけだよ……それよりどうしたんだ電話なんて?」

「実は荷役の件で聞きたいことがあって、ペタロ物流との業務委託契約が打ち切られているみたいなんですけど、おじさん何か知りませんか?」

「委託が打ち切られてる?! 何も聞いてないぞそんなこと!?」


 想像もしていなかった事態にアルビナは焦り、声を荒げる。ということは、これは会社の方針で行われたことではなく、ワーナーの独断で決行されたことだということが分かった。


「しかし誰がそんなことを……」

「おそらくワーナー部長だと思います。実は……」


 それからノアは、グロードから聞いた部内の異動のこと、ワーナーから事前に荷役の仕事を覚えておけと言われたことなどを、全てアルビナに報告した。


「ふむ……ちなみにノアちゃん自身は、ワーナー君から話は?」

「まだ聞いてません。その前におじさんに確認を取っておこうと思ったので」

「分かった……すまないがノアちゃん、ワーナー君から事情を訊いておいてくれないか? 確かに荷役の件は業務部に任せているが、役員の承認も無いまま、ワケも無くペタロ物流との契約を打ち切るのは問題だからな」

「そうですね……訊いておきます」

「頼んだよ。俺はこれからオープナー君とツブラヤ君とニューハマへ向かうから、夕方の5時くらいにまたここに電話をしてくれ」

「5時ですね、分かりました」

「じゃあ、よろしくお願いするよ」

「はい」


 ノアの返事を最後に電話は切れ、手に持っている受話器を固定電話に戻した。

「どうでしたか?」


 おそるおそる顔色を窺うようにしてグロードは尋ねると、ノアは首を横に振った。


「どうやら副社長にも話はしてなかったようです。これでワーナー部長の独断で行われたことは分かりました。これから直接、話を訊いてみようと思います」

「ワーナー部長、一体何故こんなことを……業務部はただでさえ仕事が多いのに人手が足りてなくて、みんなギリギリでやってるのに……」

「とにかく行ってみましょう、善は急げです!」


 ノアは席から立ち上がり、グロードと共に社長室の扉を開けてオフィスへ出ると、業務部のある方へと真っ直ぐに向かった。

 業務部の座席が並ぶ区画に辿り着くとなんだか騒がしくしており、数人が机の荷物をまとめていた。彼らもグロード同様、部署内の異動通知を受けた者だった。


 業務部には様々な仕事が集まっているためその数も多く、そのため業務部としての座席の区画割りの他に、係別での座席の振り分けも行っていた。

 そして係長の机にはその係の名前が記されたネームプレートが必ず置かれており、業務部の隅っこに新たに集められた6つの席の1つに、問題の荷役係と表記された新品のネームプレートが置かれていた。


 ただでさえ異動騒ぎでざわついていたのだが、そこへ突如社長がグロードを引き連れて現れ、真っ直ぐに部長の席へ向かうものだから、喧騒は更に深まった。


 業務部の部長席は、係別に整理された座席達のその先に存在しており、そこには髪型をオールバックに整え、高そうな灰色のスーツに身をまとった40代近くの男が座っている。その男こそが業務部長のドブロク・ワーナーだった。

 ワーナーはちらりと向かってくるノアを目にしたが、しかし何も動じることなく座ったまま、値が張りそうな銀色の爪やすりで自分の爪を磨いていた。


「ワーナー部長、お聞きしたいことがあります」


 ワーナーの前に立つと、ノアは間髪入れずに質問を繰り出した。


「何ですか社長と、えっと、後ろの君は?」

「ローフ・グロードです……」

「あっそうだっけ? そのグロード君が一体どうしたんだ?」


 ワーナーはノアのことは憶えていても、直接の部下であるはずのグロードの名前を憶えて無く、しかも名前を聞いたところでまったく興味が無さそうに爪を磨きながら尋ねた。

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