第5章 不信人事 その4

「分かりました。わたしの方でも契約の事や部長の動向については調べておきます。でも業務の傍らになるので、どれくらい調べられるか分かりませんが……」

「ありがとうございます。できるとこまでで構いませんから、無理はしないでくださいね?」

「それは社長もです」

「えっ?」


 グロードの意外な返答に、ノアは目が点になってしまった。


「社長が残業して資料整理してるの、社員みんな知ってるんですからね? それで倒れでもしたら元も子もないんですから、気をつけてくださいね?」

「はい……」


 ノアは励まそうとしたのに、逆にクロードに励まされてしまい、恥ずかしくなって頬を僅かに赤らめた。


 それからクロードは業務部の自分の座席に帰り、ノアは社長室に戻ると、早速ペタロ物流にアポイントメントを取るため問い合わせた。その結果、翌日の14時なら時間があるということだったので、そこで会う約束を取り付け、そのことを内線を使ってクロードに伝えた。


 この後ノアは自分なりにペタロ物流の契約のことを調べたり、翌日に予定が入ったので本日分と翌日分の仕事を片付けたりとしている内にすっかり日は傾き、気がつけば17時を優に過ぎていた。


 大方片付いた書類を整理し、ノアはアルビナと連絡を取るため支店に問い合わせる。するとまたも出たのは貨物営業課長のツブラヤであり、朝と同様、アルビナに取り次いでもらった。


「やあノアちゃん、早速本題だが、ペタロ物流の件どうだった?」

「ワーナー部長に訊いたところ、やはりペタロ物流との契約は打ち切っているようです。その理由はクレーム処理の負担を減らすためだと言ってましたが」

「クレーム処理の負担を減らす? 荷役に関してはペタロ物流が請負っているのだから、そこまで負担になるようなクレームは業務部に入ってこないだろう? まったく、どんな用件で役員への相談も無く契約を打ち切ったのかと思ったら、何を考えているのか……」


 あまりにも中身の無い理由に、アルビナは最早怒りを通り越して呆れ返ってしまった。


「わたしもワーナー部長の言ってることは納得できません。それに部長は、荷役に関して船員からもクレームが来てると言ってきたのですが、業務部の社員に確認したところ、そのようなクレームは来たことが無いそうなんです」

「む? するとなんだ、ワーナー君が嘘を吐いているということなのか?」

「おそらくは」

「そうか……」

「……ワーナー部長、何か他にも問題を起こしたことがあるんですか?」

「えっ!?」


 アルビナは受話器の先のノアにそう言われ、ビクッと肩が跳ねてしまった。

 もちろんその姿はノアには見えていないが、リアクションと同時に出た声でアルビナが驚いていることは分かった。

 そもそもノアが何故アルビナの内心を察知できたのかというと、やはりそれもアルビナの反応から読み取ったものであり、そしてアルビナの良心を信じた結果だった。


 というのも、ノアは初っ端からワーナーを疑ってかかっており、もしワーナーが清廉潔白の人間であるならば、何かしら庇うようなことをアルビナなら言うだろうと踏んでいたのだが、結果はそうではなく、むしろ疑っているノアにアルビナは肯定してきた。


 そこから察するに、ワーナーは過去に何か問題を既に起こしているのではないかという予想を打ち立てることができたのだ。


「まあな……契約どうこうとか、仕事のことではなく、ワーナー君の素行の問題でな」

「素行ですか?」

「ああ……実は彼、金遣いが荒いみたいなんだ。買う物も高級志向だし、ギャンブルもしているようで、王国汽船に居た時も、そしてこっちに来てからも何度か給与の前貸しをしてもらってるようでな。容易に彼に金は貸さない方が良いと、あっちの人事担当に言われたほどだ」

「なるほど……」


 そういえばと、ノアは朝、クロードと共にワーナー部長を問い質した時のことを思い出す。


 ノアは以前、ボエニア国内の一流ホテルであるロイヤルホテルで働いており、世間一般でいう金持ちの相手もしたことがある。なので、高級品に関しても少々知識があり、その時相手にした富豪の身なりと、ワーナーの身なりが同じだったことに気がついた。


 また、ワーナーが嫌味のように爪を研いでいた爪やすりも、触れてないので確信までは持てないが、本物の銀を使った爪やすりだったのかもしれないとノアは推測した。


 それらを考えると、ワーナーが高級志向であることは間違いなさそうであり、更にギャンブルにまで手を出しているとなると、その出費は計り知れないことは容易に想像できた。


「しかし仕事に関しては、今のところ問題を起こすようなことは無かったのだがなぁ……」


受話器から唸る声が聞こえてくる。アルビナは仕事の面に関しては、ワーナーのことをそれなりに評価しているようだった。


「とりあえず明日の14時にペタロ物流の担当者とのアポが取れましたので、直接確認してきます」

「そうか、それじゃあよろしく頼むよ」

「はい。それで、そちらの方はどんな感じでした?」

「ん? ああ」


 アルビナはこの日、オープナーとツブラヤを連れて、ニューハマにて建設中のジャック・ザ・ペーパーの工場の視察に行っていた。


「かなり大規模な工場だったよ、流石は製紙業世界ナンバーワンの会社だ。とりあえず今日は外観だけざっと見て、あとは近辺の得意先の運送業者を当たったりしたくらいかな。ただ明日は驚くことに、ジャック・ザ・ペーパーのCEOと会うことになった」

「えっ!? いきなり急ですね」

「まあ、こっちとしても予想外のことでな……少し緊張している」

「そんなぁ、会うのは明日じゃないですか。緊張するの早いですよ」

「あはは……まあそうだな」


 アルビナはこの時落ち着くため、顔から受話器を放して一呼吸吐いた。

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