第4章 営業のイロハ その3
「実は今も工場の工事用資材の運搬も頼まれておってな、ぼちぼち運んどる。今やそっちがメインで、徐々に鉄鋼の方からは身を引いとる状態や」
「なるほど、近頃セミの平実車が多かったのは資材を」
「そういうことやな」
「平実車……平ボディで荷物を積んでるシャーシのことよね」
ハンとオープナーが両方前屈みになってビジネスの話を進める中、ノアは昨日、オープナーに渡された6冊のファイルの中の1冊にあった、貨物の基礎知識の内容を思い出し、小声でセルフチェックを行っていた。
セミトレーラーの台車、シャーシにはいくつか種類があるが、積み荷を搬送する運送業者が主に使うのがあおり型とスタンション型と船底型とバン型の4つだった。
その内のあおり型、スタンション型、船底型は天井の無い平らな台車であることから、総じて平トレーラーと呼ばれ、更に簡略化されて平と略称されており、一方のバン型には、側面が開くウイングタイプと、後方と側面に扉があるバンタイプのものがあるが、その形状が箱型なので箱型トレーラー、略称は箱とされていた。
ちなみに実車とは、トラックやシャーシに荷物を積んでいる状態のことを指し、空車が荷物を積んでいない状態であることを意味している。海上搬送の運賃も実空車で異なり、実車は運賃が高く、空車は運賃が安かった。
「ちなみにハン社長、輸送量の見通しはまだ?」
「そこはまだなんとも言えんな。うち以外にも委託先を募っとるようやし、自社の船で海上輸送もするようやし、工場の稼働もまだ先やしな。やけど、これに乗じて関連企業もぎょーさんできるみたいやから、今よりも荷が多くなるのは確かやで。それに原料もいくらかボエミア国内で調達するようやから、下りが紙とパルプを運ぶ業者、上りが原材料の木材を運ぶ業者で、そっちもいろんなとこから引っ張りだこにされるんとちゃうか?」
「そうだといいんですが、生憎弊社の船舶は旅客船ですからね。貨物の受け入れにも限界があります」
「まあそうやな。どうやノア社長? ここは一つ貨物船も運航して、船団を作るっちゅうのは?」
「えっ!?」
不意に話の舵をノアに向けて切られ、ノアは思わず声を上げてしまった。
「いやそれはなんとも……」
「ヘッヘッヘッ! 冗談や冗談!」
そんな困惑するノアを見て、ハンは面白可笑しく笑ってみせた。その姿はまるで、昔から馴染みのある近所のおじさんのようだった。
「まあとりあえず、当面の間はあの工場やジャック・ザ・ペーパーに何かない限りは、ウチは現状維持なんでよろしく頼みますわ」
「了承致しました。ではジムさん、後日また契約の更新書類をお送りさせていただきますね」
「了解しました」
今後もよろしくお願いしますと、オープナーとノアが一礼すると、こちらこそと、ハンとジムが一礼し、サカキ運送での取引は終了した。
それから全員立ち上がり、社長室を後にすると、ノアとオープナーは玄関口でスリッパから靴に履き替える。その時ハンとジム、そして総務社員のイスピンは玄関口の前まで来て、二人の見送りをしてきた。
「ノア社長、くれぐれも無理せんようにな!」
「はい、ありがとうございました!」
ノアはハンに頭を下げると、社用車に乗りこみ、サカキ運送を立ち去った。時刻は11時半を過ぎており、これで午前中回る予定だった全ての企業を回り終えた。
「ニューハマで何か建設されているのは噂で聞いていたが、まさかジャック・ザ・ペーパーだったとはなぁ。ツブラヤのやつ、情報をこっちに寄越さなかったってことはニューハマは全く手を付けてないのか? ……仕方ない、近いうちにヨツギ諸島に渡って自分で確かめに行った方が良さそうだな……」
運転をしながら、オープナーは一人呟く。どうやらジャック・ザ・ペーパーの情報を把握していなかったことを反省し、状況確認のため現地に乗り込む算段を立てているようだった。
「でも良かったですね、貨物の輸送が増えそうで」
ノアが目先のことだけを見て楽観的にそう言うが、しかしオープナーはその先の事まで考えて、渋い表情をしていた。
「確かに貨物の利益は上がるかもしれない。だが、ウチはあくまで旅客船だ。貨物の売り上げが好調でも、旅客が足を引っ張ればそれでトントンにされてしまう。それこそ貨物で売り上げを出したいなら、旅客船なんて廃船にして貨物船にしたらいい。旅客船の運べる貨物の量なんて、貨物船と比べたらほんの僅かなんだからな」
「それは……そうですけど……」
オープナーの言っていることは理屈にそぐい、反論できる余地が無く、ノアはすっかり口をつぐんでしまった。
そんな状態の彼女をオープナーは運転をしながら横目で見て、頭に上っていた血が徐々に引いていった。
「……スマン、社長に当たっても何の解決にもならなかった」
「いえ、いいんです。オープナーさんの言ってることは間違ってないですから。貨物依存から抜け出さないといけないのに、わたしがそれを肯定するようなことを言ってしまっては、いつまで経っても依存脱却の示しをつけることができませんからね……社長として、軽率な発言でした」
「そうか……フッ、社長だけでも、本気でそう思っておいてもらいたいものだね」
「どういうことですか?」
オープナーは鼻で笑い、明らかに何か別の意味が含まれている発言をしたのに対して、ノアはまるで脊髄反射のように、考える前にそれに食らいついた。
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