第4章 営業のイロハ その2

 それから車で15分、本社オフィスが高層ビルの中にあり、車庫を持つ支店が何支店も点在する先程の大手業者とは異なり、数十台のトラックとセミトレーラーを社内の車庫に所有し、その車庫の隣に箱のような二階建ての建物がある会社が見えてきた。そこがサカキ運送の社屋だった。


 社屋の前にある駐車スペースに車を止めると、ノアとオープナーは屋内へと足を運び、玄関口で靴からスリッパに履き替えると、受付のような場所は無く、すぐ目の前にオフィスが広がっていた。

 オフィスには30ほどの机があり、その中の6席には社員が残っているものの、あとのデスクは鞄や荷物が置かれているだけで、空席となっていた。


 そんなオフィスの前で突っ立っている二人の姿を、一番入口に近い席に座っていた総務の中年女性の社員が気づき、座席から立ち上がってせかせかと早足でこちらに歩み寄って来た。


「あらオープナーさん、こんにちは」

「こんにちはイスピンさん」

「ハン社長とジムさんよね? 呼んでくるからちょっと待ってて」

「お願いします」


 それからイスピンは「しゃちょー! ジムさーん! オープナーさん来てるわよー!」と大声を出しながら、これまたせかせかとオフィスの奥にある扉の方へ早歩きで向かって行く。

 するとその声に気づいたのか、扉から同じ、左胸にサカキ運送と社名の刺繍が入った作業服を着た二人の男性が出てきて、ノアとオープナーの前へと向かってきた。


「どーもどーもオープナーさん。ご無沙汰しとります」


 二人いる内の手前側、見た目は50代程で、眼鏡を掛け、背は低いが鼻は高く、生え際が後退し額が広くなっている男の方が先に挨拶をしてきた。


「ハン社長、こちらこそお世話になってます」


 オープナーは頭を下げる。今挨拶した男こそが、サカキ運送の社長ハン・レイだった。


「ややっ? そちらの娘さんはもしや?」


ハンはノアの顔を、まじまじと確認するように見つめる。


「アメリデ前社長の御息女、ノア社長です」

「ノア・ディストピアです。父がどうもお世話になったようで」


 そう言って、ノアが頭を下げると。


「そうかそうか、娘さんが社長に。サカキ運送の社長しとります、ハン・レイです。この度はご愁傷様です」


 ハンは弔いの言葉を着けて、頭を下げた。


「そしてこっちが流通部長で取締役のムスリム・ジムです」

「ムスリム・ジムです。アメリデ・ディストピア前社長のこと、この度は心よりお悔やみ申し上げます」


 ハンの紹介を受け、後ろに居た40代ほどの顔の濃い男が少し前に出ると、深々と頭を下げて弔意を表した。


「ささっ、立ち話もなんやし、社長室の方へどうぞ」

「はい」


 ノアとオープナーはハンに誘導され、先程ハンとジムが出てきた扉を開くと、そこには立派な応接セットが設けられた社長室があった。

 先にハンとジムが座り、ハンから「お掛けになってください」と言われて、ノアとオープナーは黒革の椅子に腰を下ろした。


「いやぁしかし娘が会社を継いでくれるなんて、アメリデのやつ立派な孝行娘を持って羨ましいわぁ。それでノアさん、いくつになるんや?」

「24歳です」

「ほお~……若いなぁ。どうや社長になってみて?」

「そうですね……まだなったばかりなんでなんとも言えませんが、学ぶことはすごく多そうです」

「そうかそうか。まあそんな気負い過ぎず、ぼちぼち気張りや。何かあっても、オープナー君みたいに頼れる部下がおるやろうから。なあ、オープナー君?」

「ええ、全力でお支えするつもりです。それで社長、早速契約の方なのですが」

「おお、そうやったな」


 オープナーは手慣れた風に絶え間無いハンの雑談を差し止め、ビジネスの話へと切り替えた。


「契約はこのまま定期で続行や」

「ありがとうございます。しかし王国鉄鋼の廃炉の影響は大丈夫ですか?」

「ヘッヘッ……いやさっきそのことでジムと話をしとったんやが、実はここだけの話なんやけど、新しい取引先ができることになってな」

「新しい取引先ですか?」


 不敵に笑うハンの顔を見て、オープナーは片眉を上げる。


「オレンシティの隣、ニューハマシティがあるやろ? あそこの海岸部に巨大な空き地があったんやが、今そこが大工事を行っとる。何ができると思う?」

「ニューハマですか……確かあそこは元漁村だったとこですよね? ということは海産物関係とか?」

「ちゃうちゃう、それじゃあ鉄鋼の埋め合わせなんざとんとできんわ。そこにはな……」


 ハンは勿体ぶるようにすぐには解答は出さず、じっくり間を取って、前屈みになってから、ついにその答えを示した。


「ジャック・ザ・ペーパーのボエニア最初の工場ができるんや」

「ジャック・ザ・ペーパーですって!?」


 オープナーはその意外過ぎる答えに驚愕しているようだが、あまり企業に明るくないノアはそれを聞いても首を傾げただけだった。


「あの……ジャック・ザ・ペーパーというのは?」

「ジャック・ザ・ペーパーは本部をブリトン合衆国に置く製紙業の外資系企業です。本国では60パーセント、全世界でも20パーセントとかなり高いシェア率を誇っており、年間の総生産量は約1300トンと言われています」


 おそるおそるノアが尋ねると、今の今まで一言も発さなかったジムがその解説をしてくれた。


「1300トン……すごい……」

「ボエミア政府は今、ブリトン政府とくっつきたくてしょーがないんや。やからブリトンの大企業であるジャック・ザ・ペーパーに土地を差し出したっちゅうとこやろ。せやけど、ボエミアにも製紙業をしとるとこもあるからな。あんまり中央に寄せると自国の産業を圧迫することにもなる。やからちょーどええニューハマにしたっちゅうわけやろうな」


 話したがり屋のハンが話に割り込んでくると、ジムはスッとすかさず身を引いた。

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