第4章 営業のイロハ

第4章 営業のイロハ その1

 翌日。昼勤の通常出勤時間が9時であるのに対して、8時に出勤したノアは、同じ頃合いに出勤してきたオープナーと、社内でこれから向かう取引先の簡単な説明と打ち合わせなどをした後、社用車に乗って営業先へと向かった。

 最初の2軒はペタロポリスの近郊に社屋を構えている、比較的大手の運送会社へと赴き、2軒とも対応してきたのは運行管理部の部長と配車担当だった。


 対応も大手であることからキッチリとしており、アポ通りの時間に小会議室に通され、新社長であるノアの挨拶と現状の契約状況の確認や見直しを行うと、すぐに約束の時間という名のお開きとなり、更新書類の提出はまた後日にという話の運びとなった。


「少しは営業の雰囲気が掴めてきましたか? 社長?」


 二軒目の営業先の社屋から、社用車を止めている駐車場に向かう際、オープナーはノアに尋ねた。

 というのも、お客様とやり取りをするという点では、これまでノアが行っていたホテルでの対応と営業は同じなのかもしれないが、しかしやはり対個人と対企業、その対応の質が異なり、そのギャップにノアは苦戦を強いられ、所々ぎこちない部分が露呈していたので、オープナーはそれを気にかけていた。


「まあ少しは……でも営業って難しいですね。冒頭の挨拶……特に名刺交換から営業マンとしての格が着いてしまうような気がしますし、なにより営業トークについてはまるっきり初めてだったので」

「まあ名刺交換はともかく、ホテルのお客相手に、あれだけガッツリ話すことは無いだろうからな。営業は少ない時間でどれだけ相手との信用を築き、高評価が取れるかだ。だから名刺交換一つでも試されるし、営業トークについては数少ないアピールタイムになる。社長も就職活動はしたでしょう?」

「ええ、まあ」

「その時、面接官と面接をするだろ? 就活生は面接という短い時間で入社するための面接官の信用と評価を勝ち取らないとならないし、それを取る側の面接官も、その短い時間で就活生の人間性を見極めなければならない。その就活生と面接官の背後に、企業の契約等々責任を盛り込んだら、それが営業になる」

「盛り込むものが盛大ですね……」

「まあな。だけど社長は、それでげんなりしてていい立場じゃないぞ。営業マンは契約を勝ち取るもので、その後の責任を取るのは君なんだからな」

「ううう……重圧が……」


 青ざめるノアに、少しからかい過ぎたとオープナーは笑いながらノアの肩をポンポンと軽く叩いた。


「はっはっ! 今プレッシャーに圧し潰される必要は無いよ! 今の社長にその責任を負えるような能力はないだろ? だからアルビナ副社長が代表取締役になってるんだよ」

「あっ……ああ……そうですよね。でも……いつかはわたしが責任を取れるようにならないといけないんですよね」

「まあね、それが上に立つ者の義務だ。でも、それすらも放棄してふんぞり返ってるバカもいるが、社長には是非そんな人間にならないよう忠告しておくよ。俺みたいな社員がいつ噛み付いてくるか分からないぞ?」

「じ……尽力しますぅ」


 肩身を狭める社長と、そんな姿を見て悪戯に笑う貨物営業部長。傍から見れば、上司と部下が逆転している光景だった。

 そんなこんなしている内に駐車場へと辿り着いた二人は、社用車のオープナーが運転席、ノアが助手席へと乗車し、エンジンを掛け、次の目的地へ向かって走り出した。


「社長、次に向かうのはサカキ運送だ。これまでは比較的大きい場所だったが、次の企業はどちらかというと中規模の会社だ」

「中規模ですか」

「まあ大きかろうが小さかろうが、お客様はお客様なんだが、ただちょっと営業のやり方の質が変わる」

「質ですか?」

「そう、今まではある程度パターン化された動きを取れただろ?」

「まあ、そうですね。会議室に呼ばれて、挨拶をして、契約の確認をして終わりって感じでしたね」

「それができなくなる」

「ええっ!?」


 オープナーからの残酷な宣告に、ノアは愕然とする。

 せっかく掴みかけていたコツが次の相手には通用しないとなると、また振り出しに戻ってしまう。身包みを全て剥がされたような気分にノアはなった。


「そんな気に病むことは無い、やることは今までとほぼ同じだ。ただアドリブが効くようにはしておいた方がいいという話だ」


 しかしそんな不安げにしているノアに対して、オープナーはフォローを入れた。


「アドリブですか?」

「そうだ。例えば会議室で取引をするのを、外で取引を行うことがある。担当者が事務所に常に居るとは限らないからな」

「なるほど」

「それと場所によっては、相手先の社長自らが担当者と横に並んで取引を行うってこともある。特に次行くサカキ運送のハン社長は、アメリデ前社長と親交が深かったこともあって、ほとんど同席してるな」

「ハン社長? どこかで聞いたことあるような……」


 ノアは記憶を巡らすが、その解答に先に辿り着いたのはオープナーだった。


「もしかして前社長の葬式の時とかじゃないか? 確かハン社長とは同級生だったとかアメリデ前社長から聞いたことがあるし、会社としての付き合いも創業当時からの長い付き合いになるからな」

「ああ、じゃあ多分そうかもしれませんね。すいません、わたしあんまり葬式の時のこと憶えてないんですよね……参列者も多かったし、なにより前の会社を辞めたり、社長になったりで、いろいろバタバタしてたんで」

「そうか……まあその時の話もされるかもしれないから、合わせられるようにだけはしといた方が良いかもな」

「そうですね」

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