第4章 営業のイロハ その4

「大抵の役員は、俺に言われたらみんなどうにかするとか、検討するとか言って、そのまま放置している。貨物担当だから説得力が無いというのもそうだし、心の底では利益が上がってるから別にいいじゃんって思ってるのが丸見えだ。だが今のままだと、王国汽船に呑み込まれるうんぬんよりも、この旅客航路自体が貨物航路に変わり兼ねない。そうなったらヨツギ諸島の人間は本土に渡る手段を失って、立ち行かなくなってしまう。そうならないためにも、利益は確かに大事だが、それより今この会社が世間に示さなければならないのは、旅客船としての価値だ。それができるのは社長、会社の顔であるアンタしかいない」

「わたしですか……」

「まあ、俺の言っていることを聞き流すも受け取るのも社長次第だけどな」

「……あの、オープナーさん」

「ん?」


 ノアはオープナーに、まだこのルートボエニアに対して未練があること、決して見限ってないことを確信し、先日アルビナと約束した、王国汽船への復帰希望に関して、そして興国貿易商社への進出に関しての探りを入れることにした。


「もし王国汽船に戻って来いって言われたら、すぐ戻りますか?」

「あー……」


 あまりにも唐突な質問で、オープナーは不意を突かれたことにより深く考えること無く、瞬時に思ったことを即答した。


「戻らない。てか、戻れない。俺はまだまだこの会社でやらなきゃならんことが山ほどあるからな。それが終わるのがはたまた何年後か……」

「えっ? でも興国貿易商社への移転希望は……あっ!」


 あまりの好感触にノアは油断してしまい、つい口を滑らせてしまった。


「興国貿易商社ねぇ……どうせアルビナ副社長辺りから、探りを入れて来いって言われたんだろ?」

「まあ……そんなとこです……」

「心配性だなあの人も。ある程度は話を副社長から聞いてると思うから端折るが、そもそも俺は興国貿易商社に行くことじゃなく、世界の大口の企業相手に仕事をすることに憧れている。それは今も変わらん。だから別に、それができるようになればどこでだって構わなかったのさ」

「でもここだと、そこまで大きな企業を相手には……」

「それは社長の勉強不足だな」

「えっ?」


 呆気にとられるノアを横目に、オープナーは話を進める。


「運送業者に目が行きがちだが、ウチはこれまで世界の鉄鋼業のトップランクと言われる王国製鉄とも取引をしているんだぞ? でないと搬送ルートにウチは入らないからな」

「あっ……た、確かに!」


 王国製鉄は直営はもちろん、委託の運送業者の運送ルートも定めており、陸続きではないオレンシティ、ペタロポリス間のルートを船舶での海上輸送のみに当初は限定しようとしていた。

 しかし直営で用意できた貨物船は重量物運搬船の1隻、委託では在来型貨物船2隻の計3隻のみで、それだけでは当時の工場の生産量からして、全ての輸送をまかなうことは不可能だった。


 その情報を手に入れたルートボエニアは、フェリーを使った陸上輸送を提案するため王国製鉄へ売り込みをかけた。その際、誘致の担当をしたのがオープナーであり、それは見事に成功した。


「それにこれからは、あの世界一の製紙業メーカージャック・ザ・ペーパーを相手にできるんだ。これで大口じゃないなんて不満を言ったらバチが当たる。俺の希望はこの会社に十分叶えてもらった。だからその恩は、この会社の利益にして返させてもらう。それが俺がここに残る理由だ……社長はそれじゃあ不満か?」

「いえ……十分です! わたしも出来る限りのことはしますので、どうぞよろしくお願いします!!」

「ああ……じゃあ俺が一つ心配してることを、解消してくれないか? これは社長じゃないとできない」

「心配……ですか?」


 ノアは固唾を呑んで、オープナーの方へ耳を傾ける。


「ジャック・ザ・ペーパーの工場設立につき、この航路の貨物収入は間違いなく上がり、安定するのは今までの話で十分分かってもらったと思う。そうなると他の船会社だってこの航路を使いたくなるのは当然だ。だが、先の政策により航路の使用許可認定は縮小傾向にある。その中でも旅客船は一段と厳しい。だから当分の間、このペタロポリスオレンシティ航路はウチが独占できると思っていいだろう。だが、この航路を手に入れる方法は新規の許可認定を受けること以外にもう一つある」

「手に入れる……買収ですか!」

「そうだ。航路を既に使用している会社ごと丸呑みにしてしまえば、権利は簡単に手に入る。そうやってここ最近、航路をバカの一つ覚えのように増やしてるとこが一軒あるだろ」

「王国汽船……!」


 買収の意味合いにはいくつかあり、単純な企業拡大というのもあるが、特権や権利を手に入れるために企業を買収するという事例も主な理由の一つだ。特に買う側より買われる側の会社の方が企業規模が俄然小さい事案だと尚更だ。

 王国汽船が買収に走っている船会社はどれも王国汽船より小さく、そして王国汽船の持っていない航路の使用許可認定が下りているところばかりだった。つまり王国汽船の狙いは、航路拡大のための航路使用許可認定を手に入れる他ない。

 そして今、その王国汽船からの買収工作を仕掛けられている一社にルートボエニアも入っていた。


「王国汽船がウチを手に入れようと躍起になるのは間違いない。買収工作はこれから増々エスカレートしていき、現状を考えればまず内部から破壊しにかかってくる。それを食い止めるためにも社長、まず内部をアンタが取り纏めてくれ。これは俺以外にも、日々懸命に働くルートボエニア社員全員の願いでもある。職場がこんなに荒れるようじゃ、まともに仕事なんてできないからな」

「なるほど……」

「できるか?」

「やってみせます」

「即答だな」

「ええ、足並みを揃えないといけないことは考えてましたので」

「そうか……じゃあよろしく頼むよ」

「はいっ!」

「おっ丁度いい、ここの洋食屋美味いからここでお昼にしようか」

「そうなんですか? じゃあ行きましょ行きましょ!」


 ウインカーを出し、二人を乗せた車は道路沿いの洋食屋に入って行く。

 そこでこれから訪れる営業先の対策を話しながら、ノアはデミグラスソースのオムライスを、オープナーはカツレツ定食を食べ、午後からの鋭気を養った。

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