第3章 生真面目な仕事人 その3
「おじさんわたし、今オープナーさんがどういうお考えをしているのかそれとなく探ってみます。オープナーさんにより親しいおじさんより、まだ疎いわたしの方がそういうことについては訊き出しやすいと思うので」
「なるほどそうか……それじゃあノアちゃん、そっちはお願いするよ。俺は王国汽船がオープナー君を現状引き戻す気でいるのか、それを探ってみることにしよう」
「分かりました」
こうしてノアは出社初日より、営業の仕事を受けながら、主力となる社員の流出防止を計る人事の仕事まで手掛ける、朝の何もしない道楽社長はどこに行ったのかと思われるような多々の任を受けることとなった。
それからアルビナとも別れ、一人社長室に戻ったノアだったが、最後に見た時とは自分の机の上の状況が明らかに変わっていた。
まっさらだった机の上には六冊のファイルが積まれており、そのファイルの一番上には一枚のメモが残されていた。
「ん……? オープナーさんからか」
メモの最後にはオープナーの名前が記されておりおり、その内容は以下の通りだった。
『ノア・ディストピア殿。直接のご説明が出来ずメモ書きとなったことをお許しください。貨物の基礎知識についてまとめたものと明日回る予定にしております企業のデータを記したファイルを置いておきます。お目通しよろしくお願いします。トレード・オープナー』
「これ全部……」
基礎知識をまとめたものを含めて六冊とはいえ、一冊が百科事典ほどの厚さがあり、びっしりと文字が敷き詰められている書類が、これまたギッチリ収納されている。これに全て目を通すとなると、残り半日も無い出勤時間だけでは足らず、持ち帰りは必至だった。
予想外の宿題を出され、気が重くなったノアだったが、しかしこのファイルをオープナーは、ノア達と別れた後のものの数分で用意してくれていたことには感心させられた。
「オープナーさんには悪いけど、まだあなたにはこの会社を離れてもらうわけにはいきませんね……よしっ!」
それからノアはファイルを開き、収められている書類の一枚一枚に目を通していく。それは明日の営業先の予習であることはもちろん、オープナーに少しでも認められ、探りを入れやすいようにするためでもあった。
結局就業時間内に読み切ったファイルは一冊半。残り四冊半分のファイルが未読となっていたのだが、しかし営業ファイルは原則社外への持ち出しが禁止されており、残りを家に持ち帰って読むというわけにはいかなかった。
そこでノアは就業時間が過ぎてもそのまま社長室に籠り、外では旅客や貨物の乗船作業でてんやわんやしている中、御構い無しに残りのファイルを読み漁った。
そして全てのファイルを読み終えた時には、時刻は21時を回っており、昼間に歩き回ったシーサイド号はオレンシティに向けて既に出港していた。
「あーっ……終わったぁー!」
机の上に積んでいた五冊のファイルの上に最後の六冊目を置くと、ノアは椅子に座ったまま背伸びをしてみせる。すると首や背中や腕、あらゆる関節からボキボキボキという音がし、その音が一人静かな社長室に木魂した。
それからノアは椅子より立ち上がり、社長室を出てみると、オフィスには日勤の社員は誰一人残っていなかったが、宿直の社員が一人と、警備員が一人、オフィスの真ん中の適当な席に陣取って世間話をしていた。
「おっ、ようやっと読み終えたか。お疲れさん」
ノアが社長室から出てきたことに真っ先に気づいたのは、50代後半のほぼ白髪の宿直の社員だった。
「ありがとうございます、デイナイトさん」
ノアは宿直社員のビヤン・デイナイトに、疲れが混じった弱々しい笑顔を見せた。
「しかし初日から残業だなんて、ご苦労さん」
そう言ってやんわりした笑顔を見せたのは、御年60歳となり、定年を迎えると同時に数十年間仕えた会社を離れ、今年警備員になったばかりのオンブラ・スコットだった。
デイナイトとスコットとは、二人が出勤してきた際にノアは挨拶を交わしていた。
「ありがとうございます……明日行く営業先のデータだったんで、今日中に目を通しておきたくて」
「あらそうなの? 俺なんて営業なんざ、行って当たって砕けろって感じだったけどねぇ!」
ハッハッと、朗らかに笑ってみせるスコット。どうやらスコットの前職は、営業関係であったことをノアは察した。
「営業って……貨物か?」
尋ねたのは、デイナイトだった。
「はい」
「やっぱりな。オープナーなら相手が社長だろうと、それくらいさせるだろうからな。アイツはすごく真面目だ。社長が読んでたあのファイルだって、あれ作ったのは全部アイツだぞ」
「えっ!? あれをですか!」
「そうだよ。オープナーが担当している営業先のデータファイルは全て、あいつ自身が作成しているみたいだぞ? 今こそ取引先が増えて安定したから落ち着いてきたものの、新規取引先ができるたんびに残って、夜中の12時まであのファイルを作ってたよ。一時期ほぼ毎日残ってるなんて時期もあったよ」
「ほぼ毎日ですか……」
机にあのファイルが積まれていた時、多少なりともげんなりしてしまったノアだったが、その資料の作成話を聞いて、オープナーの努力を知って、自分自身の甘さを猛省するとともに、やはり彼の流出は食い止めねばならないなと、改めて痛感させられた。
「ほう、今どきそんな営業マンがいるんだねぇ」
スコットはデイライトの話を聞き、オープナーに関心を持ったようだった。スコットもこの会社に来たばかりなうえ、夜の勤務がメインだったので、ここの社員のことをあまり多くは知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます