第3章 生真面目な仕事人 その2
「フッ……今の顔、アメリデ社長にそっくりだ」
「お父さんにですか?」
「ああ、俺もこんな性格だから、あの人とは事あるごとにぶつかった。その時見た顏とまるで同じだ」
「そうだったんですか……」
「社長の前職は?」
オープナーがノアに尋ねる。
ちなみにこの会話を機に、オープナーはノアのことを「君」とは呼ばず、「社長」と呼ぶようになった。
それはオープナーが、ノアの覚悟を買ったからだった。
「ホテルコンシェルジュをしてました」
「コンシェルジュね。ってことは接客はできるのか……ちなみに営業は?」
「初めてですね」
「そうか……まあ営業なんて、接客の延長みたいなもんだよ。人と話してやり取りをする。ただその相手が個人であるか企業であるかの差だ。だからあまり心配する必要はないよ」
「そうですか」
「まあ今回は初めてだし、取引の方は俺がメインで引っ張るから、社長は挨拶と、相手から何か会話を振られた時の対応をしっかりよろしく頼むよ」
「はい!」
ノアの快い返事にオープナーはうんと首を縦に一振りすると、左手に着けている銀色の腕時計をチラ見した。
「さて油を売り過ぎた。たまには机の上の整理もしとかないと誰もしてくれないからな。それじゃあ社長、明日は朝一で出発するんでよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします!」
その場を後にするオープナーに、ノアは深々と頭を下げ見送った。
「面白い男だろ彼は。昔からあの歯に衣着せぬ発言で社内でぶつかることは多いが、営業先では竹を割ったような性格だと人気でね。今ウチが取引している貨物業者の半分くらいが彼が取ってきたものだよ。ウチにとって必要不可欠な人材だ」
ただ、とアルビナは視線を少し落とす。
「彼は王国汽船の出向社員、いつかはあっちに戻る日が来る。今のところ彼の後を引き継げる人間がいなくてな……正直困ってる」
「貨物営業部の方の中にもですか?」
「ああ。営業のノウハウは教育によっていくらか行き届いているが、やはり人間関係までは引き継げないからな。一からどうにか築いているにはいるが、まだ十分に任せられるとは言えないな」
「そうですか……オープナー部長が、ウチの正式な社員になるという可能性は?」
随分と弱気な質問をしたと訊いた後にノアは自省したが、それはアルビナも過去に検討をしたことがあった。
「可能性は低い……というのも彼にとっては、王国汽船も通り道の一つなんだ」
「通り道?」
「うむ。オープナー君は元々、世界的に大口の企業を相手にした仕事がしたいそうなんだ。自分の交渉術がどれほど通用するか試すためにな。そのためにこの国で最も大きい貿易会社、興国貿易商社に入るために、王国汽船が通り道になるんだ」
それからアメリデは、何故王国汽船が興国貿易商社入社の通り道になるのかを、坦々とノアに説明し始めた。
興国貿易商社は創業以来民間の会社だったが、王国時代、ボエミア王室から世界と貿易で渡り合うための最前線を担うことのできる企業だと認められ、手厚い支援を受けていた。
それからボエミアは王政から共和政へと政治形態が移り変わったのだが、それでも興国貿易商社は政府からひと目置かれるほどのグローバル資本であり続け、今日まで至っている、そんな生まれた時から一流を貫き通している会社だった。
そのために、国を代表するレベルのエリート商人を集っており、新卒採用については基本一流の大学からと、学歴を基本に、就学状況、ゼミやクラブでの成績、アルバイトの就労態度などをとことん精査し選ばれている。
しかしこの会社の醍醐味は新卒採用よりも中途採用にあり、その主な採用手段が所謂「引き抜き」と呼ばれるものであった。
引き抜きとは、別会社の有力な営業マンを評価し、ヘッドハンティングする行為のことである。興国貿易商社の人事部には引き抜き専門の課が存在しており、興国貿易商社とのコネクトを築くために、引き抜きを容認している様々な会社にスカウトを潜ませ、アンテナを張っている。その容認している会社の中には、王国汽船も入っていた。
王国汽船は元公社で、王政時代から王室と共に興国貿易商社と深く繋がりを持っており、王国汽船が民間企業になった今でも、貨物部門の主力取引先の大半は興国貿易商社からの献上品であるほどズブズブの関係だった。しかしそれだけ繋がりが深いということもあり、王国汽船の貨物営業部は通称登竜門と呼ばれ、興国貿易商社へ実力で這い上がる者達が集まる部門となっていたのだ。
オープナーもかつてはその登竜門に挑む者の一人であったが、その容赦無い性格から社内で争うことも多々あり、結果爪弾きをされるようにしてルートボエミアへ出向させられたのだが、それでも諦めなかったオープナーはルートボエミアで着実に力を着け、今や一会社のキーパーソンとなる人物となったのである。
「彼をここに引き留めることは即ち、一人の有望な人間の将来を奪うことになる。そう思うとさすがに我が社の社員にってことにはできなくてなぁ……」
「そうだったんですね……」
説明を聞いて一通りのことを理解したノアの気持ちは、アメリデと同じだった。しかし現状のルートボエニアのことを考えた時、オープナーほどの人材の流出は会社の命運をも左右させかねない。
一人の人間として彼の成長を願うか、一企業の社長として会社を守るために人の希望の芽を摘み取ってしまうか、それを決める日はそう遠くない。しかしまだ、時間的猶予は残っていた。
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