第3章 生真面目な仕事人
第3章 生真面目な仕事人 その1
「そうか、君が新しい……」
前髪を右に七、左に三と分け、漆黒のビジネススーツを身にまとい、明るめの青のネクタイをした丁度30代後半くらいの男が、ぶっきら棒にそう言った。
その男こそ王国汽船から出向され、現在ルートボエミアの貨物営業部長をしているトレード・オープナーその人だった。
朝から営業先に出ずっぱりで疲れているだろうが、それにしたってあまりにも機嫌が悪そうな雰囲気を出しているので、ノアは内心ヒヤヒヤしていた。
「どうしたオープナー? ヒトツバシと何かあったのか?」
オープナーのその態度に疑問を抱いたアルビナは尋ねると、オープナーは大きい溜息を一つ吐いた。
「またですよ。オレンシティの業者との運送契約が減ったから、定期運送契約を解除して個別運送に切り替えて欲しいと言われました……これで五件目だクソッたれ……」
ここ最近、ボエミア共和国最大の鉄鋼会社である王国製鉄は大がかりな拠点再編成を行い、その中でオレンシティの工業地帯にあるオレン製鉄所の廃炉が決定したのだ。
それにより、鋼鉄の原料や出来上がった鋼鉄製品の国内輸送を行っている業者はたちどころに契約を打ち切られ、その輸送に使うシャーシや海上コンテナなどの貨物やトラックを海上搬送するルートボエミアもその風当たりを強く受けていたのだ。
定期運送契約を交わしている業者とは、燃料油価格変動調整金と呼ばれる、燃油価格に応じた追加料金を除き、貨物及びトラックの基本運賃を通常運賃より安価にすることになっている。その代わりに、運送業者は一ヶ月単位で指定された台数の貨物及びトラックを輸送することになっていた。
これにより、貨物収入の安定化を図っていたのだが、その定期運送契約の解約を求める業者が近日増加していたのだ。
「そうか……廃炉が決定したからある程度は覚悟していたが、やはり痛いものは痛いな」
アルビナは眉間に皺を寄せ、うーんと唸ってみせた。
「ウチは旅客船なのに収入を貨物に頼り過ぎなんですよ。旅客がもっと旅行代理店との契約を取って来れば、こっちの負担も軽くなるし、フェリー会社としての箔も着くのに……エンジスの野郎、何のためにわざわざ出向してきたんだか」
オープナーはそう言って手に持っていた紙コップの中にあるコーヒーを一気に飲み干すと、空になったコップを握り潰した。
どうやらオープナーという男は、思ったことを真向に口に出してしまう人間らしい。それが例え、上司の前でも。
「すまないなオープナー君、君には負担を掛けてしまって」
「いえ副社長、それにこんな御時世ですから致し方ないっちゃあ致し方ない事です。とりあえず明日から鉄鋼関係以外の運送を行っている会社と新規を当たってみます。確かサキシマの方に水産加工物を運送してるとこがあったので」
「うむ、よろしく頼むよ」
アルビナが頭を下げると、オープナーは「よしっ!」と一声を放って気合を入れ直し、ベンチから立ち上がった。
「あっ……あのっ!」
今までずっと様子見をしていたノアが、満を持してオープナーに声を掛けた。
「ん? 何か?」
「オープナーさんの仕事、是非わたしに手伝わせてもらえないでしょうか?」
ノアは今朝、他の部長連中に幾度となく頼み込み断り続けられたことを、オープナーにもしてみる。
すると彼は「はあ」と一言言うと、特に嫌そうな表情はしなかったものの、はて何を手伝ってもらおうかとしばらく考えを巡らせた。
「そうだな……どうせ外回りするし、得意先の挨拶でもしときますか?」
「は……はい! 是非よろしくお願いします!」
ようやく奉仕先が見つかり、ノアはオープナーに頭を下げ、ホッと胸を撫でた。
「よかったなノアちゃん、念願叶って!」
「はい!」
アルビナはニカっとノアに笑いかけ、それに対してノアも笑顔で返し、事情を知らないオープナーだけが一人取り残され困惑していた。
「念願ってのは?」
「いえ……実は朝からいろんな方に仕事を教えてもらえるようお願いしてたのですが、断られ続けまして……」
「そうか……まあウチからの出向連中は基本ロクなのがいないからな。総務のジェイズはよく備品の発注をとちるし、業務のワーナーは仕事を部下に任せっきり、経理のアバカスは金勘定は得意だが点で人間関係がなってない。そして……」
オープナーはその名を口出す直前に、チッと舌打ちをしてみせた。
「旅客営業のエンジス……アイツは特にロクでもない野郎だ。王国汽船に居た時から、ヤツは自分の足で契約を取ってこないクセに、部下の手柄を丸々横取りして、さも部全体の成果のようにパフォーマンスをしやがるんだ。そうすることによって、部を取り纏めているヤツが最も評価されるからな。評価されるべきは纏めてる人間じゃなく、成果を取ってきた人間であるはずなのにな」
他にも人事畑に居た時のエンジスの横暴さを愚痴ったりと、さらにオープナーの悪態は加速していく。よっぽどエンジスのことを敵視し、嫌悪しているようだ。
「それにエンジスだけじゃない、王国汽船自体が国営時代から、他の船会社に無茶苦茶な圧力を掛けたりとクソッタレな会社だったのに、それが民間になってからも体質が変わらないどころか、その勢いを維持するために無理な買収工作を行ったりと、落ちるところまで落ちぶれている。新社長には悪いが、この会社も買収工作を掛けられてる一社なんだよ」
「ええ、知ってます。おじさん……アルビナ副社長から聞きました」
「そうなのか……あの天下の王国汽船に首を狙われていると分かっていても、逃げ出す気は無いと?」
「はい、ここはわたしの会社なので」
「ほう……」
オープナーの煽りもなんのそのと、凛とした表情で真っ直ぐに見つめるノア。
しばらく二人の間にピリッとした緊張の空気が流れたが、先に吹き出して、その均衡を崩したのはオープナーだった。
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