第41話 ニャンの二十の四 太陽と月照

「神を持ち出すまでもなく、まったくその通りだ。

言わずもがなの事だが、まあ良い。

我らは人間とは違って何に文句を言うでもなく、すべては善なるものとしてこれを受容し、日々を齷齪あくせくともせず自然に、まさしく時の進むに任せて生きている。

無論の事に太陽は必要だが、神など必要としてはいない」

 私は始まりに戻って、意を以て告げた。

「確かにそれは素晴らしいことだ。

と言って私たち人間を見下さないでほしい。

宗教には様々な議論があるが、ここでは断定的な物言いをすることはできない。人間の宗教は自然崇拝と言う形で始まったが、倫理観と結びついて、また神と言う概念とともに現在の在り方を育んできたのだ」

「うぬ、聞き知っておるぞ、自然崇拝、素晴らしいではないか。

その後あれだろう、太陽神だ。

真に偉大なるものにおそおののき、それにぬかずきひざまずき、平伏ひれふす、これまた素晴らしい事ではないか。

奴がいなくなれば、我々はすべて死に絶えるのだ」

「ははん、それではあがめるのは仕方がないな」

「近寄り難く、恐ろしくもあり、遠くから見つめる事すら叶わぬ。

しかし、そうとは言っても決して畏れられ、平伏されることを望んでもおらぬ」

「なるほど」

「それでいて、あまねくすべてのものを照らし、命をはじめあらゆる恩恵を与えてくれる。

言わば、うまい具合の距離を持った素晴らしくも有難い、単なる巨大発電所だ」

 太陽の使者か、やはりネズミは素晴らしい。

「お天道てんとう様か。

そうそう、それそれ、そこまでで止めて置け。

我らの耳目じもくにて知り得る具体として、我々に命を与えてくれるそれ以上のものがあろうか。

また我らにそれ以上が必要であろうか」

如何いかにも」

 ネズミも賛同した。

強欲ごうよくでなければ、ここで生きる限りそれ以上は要らぬ筈であろう。

其処そこ此処ここ彼処かしこに転がりおる聖者でよいではないか。

救世主なるものが現れて宗教改革を行ったとは言うが、如何にも合点がてんがいかぬ。

お天道様以上に完璧かんぺきなものであろうむねもってそれを信ずると言うに、改革が必要であるとした時点で既にして破綻しておるではないか。

それではいずれまた改革の必要が出て来よう。

それはまさしく完璧でないことのあかしではあるまいか。

お天道様には改革の必要などあるべくもあるまい」

 私は本心からそう言った。

「そこは何と言ってもやはり向上心のある人間ならではの事なのだ。

現状に満足せぬと言う、立派な理由があるのだ。

時流に合わせて改革に改革を重ね、現状に至ったからには、いわば今が最も良い状況なのであろう」

 くだんの説法師はりずにまたも言い訳をする。

「それにしても、分派があると言うのはどう言う訳なのか。

更にはそれぞれがお互いを排斥はいせきする、まるっきり異なる宗教と呼ばれるものが多数あるのであろう。

これこそが八百万やおよろずの神の真実ではあるまいか。

あしたに目覚めてお天道様をおがみ、有難く食べ物を頂戴ちょうだいする。

皆で仲良く、仲違なかたがいや無用な戦いをせず、金儲けなどの企みをしない。

それで良いではないか」

「おいおい、もうその辺りにしておけ。

余りに人間一派を困らせるでない」 

 どこかで聞いていたのか、通りがかりのむささび一瞥いちべつとともにそう言いながらくうを描いて滑り去って行った。

「はん、 ごときが何と為す」

 私は思わず知らず、ついこころない一言を吐いた。

「それを言うならわれたかがネズミ如きだ。お主の頭には神の萌芽ほうがけて見えるぞよ」

 私は自ら恥じ入り、どこぞの穴にでも入りたくなった。

「いや、これは誠に申し訳ない。

まことにムササビ殿のおおせの通り。

私こそは恥ずかしながら木偶でくの棒にも劣る、高々のところ、どこかのほこらに捨てられ、そこに発した哀れなる一個のネコに過ぎぬ」

 

 むささびもネコもいたち蜉蝣かげろう

  鼠のかじる岩陰に


 神の議論など、我々には如何どうでもよい。

我々にはこの大地がある。

ここで生きて、ここで死ぬ。

ここで死ぬまで生きるのみ。

高々それだけの事をヒトどもはどうして神などと言うものを持ち出そうとするのか、不思議で仕方がない。

仮に我々 あまねく在る生きものたちに神が必要であるとすれば、それは人間に必要な神ではなかろう。

それは要すればまさしくこの大地と太陽とである。

それ以外に何が要ると言うのだ。この大地へのお天道様の経巡へめぐりには月も要るのだと万太郎爺から聞き及んだことがあるが、それも遠い昔。

若き頃はよく空にかる白月しらつきを目にしたが、この頃は然程さほどの感慨も抱かぬ。昔日の夜半、遠き道のりを行く折には煌煌こうこうたる月照げっしょうがとぼとぼと歩く私の背なをぬくめもしたが、今となっては月明かりのみではこのおつむ朦朧もうろうとするばかりである。




















































































































































































































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