第40話 ニャンの二十の三 神、ヒト、神なるもの

 徳のないネコ如きが入信して何の良い事があろうか。ネコには神は要らぬ。

「その神は、私と言う私であるこの神が一番よい神であると言うのであろう」

 ニャンと、途中から加わった果敢はかなき命の蜉蝣かげろうにはしゃべいとまはなかろうに、如何いかにも立ち去り難いと見え、言葉少なにそう言った。

「ヒトどもの申す聖戦において異端は敵であり、そ奴らからは身をていしてでも国を守らねばならぬのであろう。

とすればその敵を殲滅せんめつするしかないのであろう。

万一にそのダニどもを放っておくと、じわじわと国を占めるに及び、国が滅びてしまいかねない。

従ってその可能性の芽は小さいうちにむにかずだ。

確かに、異端の奴らが無心にこちらの言う事を聴けばよいが、そうとばかりも行かぬ」

 ネズミの奴、何処どこで身に付けた理屈か、恐れ入る。

「そうだな。それは世にいわゆる多様性と言うものであろう。

これは様々の国があれば様々な神があると言う事だ。

その様な世に唯一ゆいつ無二むになどとたわけたことを言ってはおれぬであろう」

 私はただ聞いている外はない。

「そうそう、いやその様な唯一無二の集まりこそは八百万やおよろずの神と言うのであろう」

 何処で聞いたか蜉蝣も我慢ならずか口を出す。言い得て妙ではあるが唯一無二はまたの名を八百万なるものか。

「無数にあるその様なものを、無や無数こそはヒトや我々生きものの領域と言うよりはむしろあまねく在るものの言いで、いわば神の領域のものであろうが、すべてのヒトが果たしてそれを神と言うものかどうか」

 このネズミは何と、後に食らってやったその小さな脳髄で、我がこのネコの達せざる処に達していたとでも言うのか。

 此奴こやつ、既にして無を知るとでも言うのか、続け様にのたまいて曰く、

「しかしヒトは死ねば神の国へ行って神になるのであろう。すれば、そこでは当然、名を変えた神なるものは八百万よりも多いのではあるまいか。或いはもしやそこはまたも神々が人々に見えるものとしてあるばかりか、それらは正しくヒトに過ぎないのではあるまいか。そこで彼らは生起し、その地で死に、さらにそこでは、の地で復活を果たすなどと言う言説げんせつ流布るふしているのではあるまいか。するとそこは牧神ぼくしんなども含め、黄昏たそがれの中にたたずむ神なるものであふれ返ってしまい、収拾がつかなくなるぞ」

「これを要するに、すべてのものは死すれば神なのか。

これではまさしくその世は神だらけだ。

然すれば、ヒトにもネコにもネズミにもゴキブリにも、飛躍するが事によると木石や水や火などにも本来 所謂いわゆるその神性が備わっていると言うのか」

 私もネズミにおされる形でそう言った。

「その通り」

 ネズミが首肯しゅこうするに続けて、またも蜉蝣がはかなくも、今にも消え入りそうな声で笹のようにか細い言の葉にせて言う。

「ヒトどもが有難がって言うには、米や麦、いもなどにも入っておるぞよ」

「そう。君らも知るように、まさにすべては神のあらわれには違いあるまい」

 私が茶化した合いの手に蜉蝣が応ずるが如くに、ヒトもよく分かっておる。

「有難がるのはヒトの宿痾しゅくあでもあろうか、まあ良い性根しょうねには違いあるまい。命のかてなのだから、誰がそう言わずとも有難い神そのものだ。

然すればヒトに喰われる我々なんぞ、最も分かり易い神の第一である。

これ、ヒトどもよ、我々食われるべき獣や虫、芋たちはみな神であるぞ。

心して有難がるがよい」

 ネズミが神々こうごうしくもそう言い放った。

「我々は決してヒトどものように有難がったりうそぶいたり、なげいたりはせぬが、その代わりにこの自然に逆らわずに生きている。

無闇に自然にあらがう事などしない」

 蜉蝣もしたり顔に続いた。

「そうして一々何事かに対して殊更ことさらなる意味など求めたりはせぬ。死に対してすらそうであろう」

 然様、その通り。我らが真理は蜉蝣の言にこそあれ。

「本来、自然にヒトどもの言う良し悪しなど無いのだ。

ヒトがどうの、ネコがどうの、ネズミがどうのと、余計な詮索せんさくなどせぬ。

我らはそのようにすべてを赦し受け入れているが、毒饅頭どくまんじゅうを喰らい泥水を呑んで死ぬるとすれば、それはそれで我らの天命であり、本望ほんもうなのだ。

そこには別段の、殊更の意味など何もない」

 今の今まで見縊みくびっておったが、さすがはネズミである。どこで何を聞き知ったかは知らず、これは最早もはやわが師とも申すべきか。

「そう、あらゆる事柄は言わば事無しなのだ。文句を言う筋合いのものではなかろう」

 蜉蝣もそうだ。

「お前たちに言われてみれば、人間は一体何のために存在しているのか分かったものではない。

地上の生きものたちのかじ取りを担ってきたと、勝手にそう思っていたのは何かの間違いだったのか。

しかしお前たち、そう人間を非難してばかりいてもきりがあるまい。

おまけに何の得も益もないぞ。

まあ人間の至らなさだけは許してやってくれ給え。

とは言え、本来お前たちは何の文句も言わず、総じて何もかもをゆるしてくれているんだったな」

 今晩は新月、ヒトもいよいよ音を上げる時、そろそろ観念の時のようだ。

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