第39話 ニャンの二十の二 ネズミと神

「きっと、寄るなきおのが身などと考えたくはないのであろう。

父母などは知らず、名も無く、寄る辺無き身の我々の悲哀なぞ全く知らぬか、およそ、その様なものなどにもつかぬと言って切り捨てるところであろう」

 ついには蜉蝣かげろうがこういいながら身をより添えてきた。

ても此奴こやつはこの野蛮そうな一個のネコのかたまりを怖がらぬと見える。

「さすれば、我々宿無やどなしの身の事など、よもや思いも寄るまい。

今日の食い物をその日のうちに探さねばならぬ身の事を」

 ネコの宿無しは茶飯さはんである。

「さもありなん。

だが我々にはおそれなど何も無い。

浮き草でもはぐれものでも、どうあろうが一向に構わぬ」

 ネズミも同様であろうが、すさんだやしろ辺りが好みではあろう。

「君らにそこまで言われるとはな。

人間の権威けんいも地にちたものだ」

 説法師は肩を落としてそうのたまった。

「なに、権威とな。

そもそもヒトなどに権威など無い。

権威と言うよりは、自らそう言いつのっておる所謂いわゆる権力であろう。

元はと言えばサルの如きが王冠をかぶって王権 神授しんじゅなどと言ってはおるが、その様な権威付けの如き勝手で無益むえきのもの、無用の長物は無かろう。

他のもののを借り、それをよすがとするほどかなしく、またそれをかさに着ることほどあさましく、またむなしい事はないであろう」

 ネズミは意を得たりと言う風で、そう吐き捨て、なおも続けた。

「まあ、すがりたくなる気持ちも判らぬではないがな。

れも言わばあと付けの話で、ヒトどもの下らぬ自尊じそんの念に由来するもの。

そんなものは元来がんらい地に落ちているもの。

それをうれしそうに拾い集めては持ち帰り、玉のように磨いてはがくに入れ、鴨居かもいにでも飾っておく手合いのもの、ふっ」

 こうなるとネズミが講釈こうしゃくを垂れる番だ。

「哀れよのう」

 私は相槌あいづちを打つしかない。

「まあ、聞いてくれたまえ。

至高善である神が与えたもうたものこそが、いわゆる無償むしょうの愛と言うものだ」

 くだんの説法師は懸命である。

「あーっはっは」

 ネズミが哄笑わらった。

「何が無償だ。

本来は何もかもが無償だ。

もっとも偉大な太陽の恵みさえ、無償なのだ。

そんな事も判らぬのか、バカめ。

貴様らの偶像もこうしてかじってやるぞ」

「待ってくれ。落ち着いてくれ。私の言う事を信ぜよ。さらば救われるであろう」

「何をアホな事を。

無償ならば、まさしく信ずる必要はあるまい。

即ち、信ずることなく救われることが無償なのだ。

信ぜよと言うのは先払さきばらいのつぐないやあがないの一つなのであって、それこそが有償のあかしだ。

そんなケチくさにおいのする条件付きの信仰の如きはき捨ててしまえ。

真に無償なら、信ずるな、疑え、されど救われよう、いや真に救いたいのであれば、御身おんみは既にして救われている、だ。

よいか、無償とは何の条件も無く、と言う事だ」

 ネズミはケンカ腰に立て続けに言い放った。

「よいか、至高善が偽物にせでなければ、信じようが或いは信ずまいとも、それに関係なく、ありのままに救われることであろう」

 私もネズミには圧倒されたが、救われたいと言う思いの在る無しに関わらず、救いようもなく救われないのが襤褸ぼろ切れまといの、我がこの救われたくもないネコである。

そもそも救われると言うのがてんで分からぬ。

正直な所、救われたくもないのに救われても困る。

「よいか。救われる、救われないのが大切なのではない。そんな絵に描いたもち如きでおどして自らに付き従わせて徒党ととうを組ませようったって、そうは問屋がおろさないぞ」

「おいおい、その辺でめにしておけ、奴が哀れになるだけ、此方こちらむなしくなるだけだ」

 ネズミの言う事もよく分かるが、私は次第につらくなって、そう言うのが精々せいぜいの所であった。

「申し訳ないが、説法法師さん、そんな救いは要らぬな。やはり我々には神は要らぬ」

しかり」

 ネズミは鼻をかかげて有頂天うちょうてんにあった。

 

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