第38話 ニャンの二十の一 ネコとネズミと神さま

「その通り。世界中の教会や寺院などと称される宗教施設と呼ばれるものには、矢張やはりお主の言うようにヒトをかたどった像が其処そこ彼処かしこにあるらしいぞ」

こ奴、きっと彼方此方あちこちの社でそうした情報をかじり取って来たのだな。

「成る程、それが所謂いわゆる神や仏と言うものか」

「まあ、表面的には確かにその通りだ。

これはまさに偶像ぐうぞう崇拝すうはいと言うものだが、まあ、言わば人間の想像力が足りず、その様になってしまっているのだ。

これは目に見えぬものについては一般の人間には理解や納得ができないためだが、これはあくまでも方便ほうべんであると理解してほしい。

しかし、改めて言われてみると片腹痛い事この上ないが、神ならネズミやネコと言うよりは大方おおかた人間に似ているであろうと言う短絡ショートカットだ。

このあたりについては、神はご自身に似せて人間を創造したもうたのだと言っている。

このような理屈は寧ろ想像力の欠如した人間がそれへの自戒じかいを込めて、自らをして神を創造したのだと言う方が真っ当だろう。

 言ってみれば当然なのだが、人間などこの世に於いて自身より上位のものなど、神をいて創造は愚か、想像することすらできぬのだ。

偶像を作るに際し自身に似せるとは噴飯物ふんぱんものだが、まさか自身に劣るものを神にする訳にもいかず、これは仕方あるまい。

まあ、偶像を禁止する教えもあるらしいのだがな」

 説法師は言い訳がましく言った。

「事によっては永遠の命だのと言って、その永遠性、永続性と言う神の属性ぞくせいあこがれ、己を神に近づけ、つまた神性や神聖性、その力を手に入れようと頑張っているしからぬやからもいるとは聞き及んではいるが」

 ネズミの奴が口を差し挟んだが、私は黙って固唾かたずを呑んだ。

いささか違うぞ、向上心こそあれ、そこに私利しりなどないのだ」

 説法師の奴は慌てて言い みた捕捉ほそくをした。

「なんだと。まこと我欲がよくはこれを絶すと。しかとその様に申すか」

「そうだ」

「それは無かろう。それなくして何の命だ。

食をぜっすれば死ぬるように、我々生きものの如きは全き自己を捨て去っては生きられまい。

百歩譲ったとて、過去のおのれを捨てるのがせいぜいの所であろう。

完膚かんぷなきまでに研ぎ澄まされた捨象しゃしょうの果ての地平に坐すべき、お主が其処そこで申しておる神とは一体何なのだ」

 ネズミはまさにこ奴を論破せんとするかのように問うた。

至極しごく至高しこうの存在だ」

「何と、まことに存在すると申すのか。

そのような、我々より純朴なる木石ともさらにかけ離れたるものが。

そのようなものは、もしやお前たち人間のおつむの中にのみ存在するのではないのか。

我々の頭の中にはだんじてそのようなものはないぞ。

それともそれは人間の為だけの神様か」

 ネズミの奴は我らには神はいないと言う。

「いや、森羅万象の創造神だ」

「ははん、それは言わば自ら創造する自然ではないか。

それにしても、そもそもそれは一体何のために存在しているのか。

我々には必要のないものだが、それは真に必要なものか。

ネコやネズミはこれを捕えて食ってもよいぞと言う、お墨付きを与えてもらうためのものか。

しかし、ではお主ら人間は一体誰に喰われるのだ、ここで申しておるその神にか」

 私も調子に乗ってまくし立てた。

「至高善はあまねきものに、すべてに先立って存在するのだ。

従ってそれは私たちを必要とはせず、私たちはそれによって食われもしない」

 奴は訳の分からぬ屁理屈のような苦しい言い訳を繰り返す。

「そのあまねき存在とは、もしやお主らのとぼししき頭の後にやって来るものであって、えてその頭を超えるものとはなり得ぬのではあるまいか。

遥かな昔、我ら生きものがここにやって来る前の話、天地は我らを要したわけでもなく、御前の言う神などを要したわけでもあるまい。

お主らがやって来てから善だの悪だのが存在し始め、此の世などと言うものが存在し始め、遂には神や神々などと言うものを生み出したのではあるまいか。

おのれ人間の悪党どもが思い描いたと言いたくないがために、それが凡てのものに先立って存在すると言い立て、すべてを生み出したと言っているのだ」

 ネズミの奴もいささかの憐憫れんびんを覚えたのか、舌鋒ぜっぽうゆるめながらもさらに続ける。

「要するに人間どもは因果いんがしばられたいのだ。

ここにこうして生み出されたのが、あたかも必然であると言いたいが如くにな。

成る程、自身を因果や縁起えんぎなきものと考えると不安で仕方がないのだな。

混沌こんとんではない何処どこかしっかりとしたって立つべき地盤と言う土台の上におり、其処そことある一定の連結、連繋れんけいがあると言う感覚がないと不安なのであろう。

もし仮に何ものかとつながっていないと自覚すれば、それはまさしく恐怖なのであり、存立そんりつの危機ともなり、それは即ち死なのだな。

つまりは自身が土塊つちくれではない何か神のような神聖な物、或いは神から生まれた、その様なものでなければ納得がいかないのだ」

 ネズミの言には恐れ入る。

「そうか。虫けらや我々同様に土塊から生まれたのだと言いたくないのであろう」

然様さよう。そのためには人間の前から神がいなくてはならないのだ。如何にも哀れだ」

 私もネズミ同様、愈々いよいよヒトどもが哀れになって来た。

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