第37話 ニャンの十九の四 ネズミとネコと、ヒトと神さま

「どうもそのようだが、それでも人間の中には殊勝しゅしょうにも、ヒト以外の動物や生物を大切にしようと言う向きもあったようだぞ」

 私は人間のあり方にも一定の理解を示した。

「それにしても結局、寂しいなどと言って自分の心根こころねのために我々を飼い殺しにするのだろう。と言って飽きられてしまえば捨てられるのが落ちだろう。

そしてまた、扱いに於いては一括ひとくくりと言うのは一般に大方その通りであろう」

 と、奴も首肯しゅこうして続けた。

「そう言やあ、あんたはうらやましいほどのふさふさの毛皮を身にまとっているが、我々にはまず以て、脱着ぬぎきの可能な衣服すら与えられてはおらぬではないか。

春夏秋冬、酷暑こくしょの折にも着たきりの、脱ぐに脱げない毛皮のみ。

或いは体毛が隠しているように見える、単なる裸だ」

「さらに付け加えると、人間たちには衣食住などという言葉もあれば、我々の仲間を指す家畜、家禽かきんなどと言う言葉もあるぞ」

 私はさも意を得た如くに言った。

「まあ、人間以外はどうなってもよいと言う考えだ。

我々はつづまる処、人間には食い物の類だからな。

つまり人間どもと言うのはえらぶっている一方、実のところ我々に甘えているだけなのだ。

家畜にはわら残飯ざんぱんを食わせておいて、その肉をほふり喰らっていやがるのさ。

難しい言葉で言えば、従属じゅうぞく栄養型生物の総元締そうもとじめさ」

 ネズミは知識を披瀝ひれきした。

「なるほど。我々みんなの分け前を横取りして、食わしてもらっているだけのことで、言うならば感謝もなく我々の体と言う餌に頼っていると言うことだ。

奴ら人間に言わせりゃ、有難く頂戴いたしておりますだと。

いただきますなどと言い得て妙だ」

「おいおい、決してそればかりではないぞ。

私はお前たちを焼いて食べたりはしないぞ。

それにどうなっても良いなどとは思ってはいない」

 説法師は言い みてそう言った。

「確かにお主ら、サルなどは喰わぬようだがな。

いや、しかしそれでも大抵のものは喰っているぞ」

 ネズミは食い下がって言った。

「中には保護区を設けて、その中で保護している生物の種もあるようだがな」

と、説法師の奴は口籠った。

「だが、しかし実際には我らを見て、こんな奴らの一匹や二匹と思っている事であろうよ。

事があっても命懸けで何とかそ奴らをの命を守ろうなどとは思ってはいまい。

ひとたび飢饉ききんでも起ころうものなら、そ奴らにるエサなど無いと言うどころか、真っ先にそ奴らをほふり喰らってしまう事であろう。

まあ、百歩譲って、己の命を継ぐ有難い食い物とでも思ってくれればそれでも良いがなあ。

だが、いずおにでも遣ってくれば、そいつらを置き去りにして、真っ先におのれが逃げ出す事であろう。

だが、それは我々も言わば同工どうこうだ。

委細いさいに違いはない」

「まあ確かにそうかも知れぬ」

 私の言にネズミの奴も同意した。

「いや、しかし、人間一般が何も知らずに自分を特別だなどと思い込んでいるのだ。

放埓ほうらつに生き、先住の生物や動物の事を何も考えずにあさり尽くし、らい尽くすのだ。

国が違えば今度は自国が特別だなどと言って、相手が人間となれば戦争を仕掛けて、住まいする土地や物資、資源その他を奪い、さらにはこれを滅ぼそうとする。

その様にして征服したと言っては喜んでいるのだ。

何処どこかで旱魃かんばつが起ころうが、そんな事は知らぬ存ぜぬだ。

もしかすると、自分が食われる存在だなどとは思いも寄らぬ事であろう。

まさしくお主が先ほどらい延々と述べ立ててきた通りではないか」

 私は奴の顔を見てこう言いながらも、あちこちで出会ったネズミ共の事を思い出しては、さすがにあわれみを禁じ得なかった。

「なるほど」

 ネズミはさもありなむと、うつむき加減にながらも、まずまず得心したと言わんばかりにうないて、吐き捨てるように言った。

「そう、つまりは何の思慮おもんぱかりもなく思い上がった、下衆げすの生き物なのさ」

「ああ。いや、しかし牛を神とあがめる人間の宗教もあるのだがな。

やや特殊とも言えるが、ヒトによっては自らへりくだる事もあるのだとも言えるぞ」

 ヒトのう説法とは言い訳なのかと思わせる奴の言説だ。

「さあ、どうだか。

遜るとは言え、形式ばかりのものではないのか。

人間界に蔓延はびこ傲岸ごうがん不遜ふそんの悪しき伝統、初心を忘れないがしろにする所謂いわゆる形式主義と言う奴だ。

本心など、どうだか分かったものではないわ。

牛と言うのなら、ネコやネズミやゴキブリではどうだ。

ヒトの内にこれらをあがたてまつならわしなどあろう筈もあるまい」

 私はやや勝ち誇ったように心と念とを以て以上を伝心した。

「うーん、それは知らぬ」

 説法師も知り及ばぬ事については率直にそれと認める。

「いや、しかしアジアの小さな国には奇妙なことにかどうか、ネズミの神様をまつった、まこと、やんごとなき神社があるらしい」

 何処どこで聞き及んだものかどうか、ネズミの野郎はあろうことか人間どもをゆるすかの如き下らぬ情報を開示した。

「ふん、ヒト言うのも奇妙な生き物だ。

ではネズミや牛が神様なら、無論の事ながらヒトこそは神の中の神たり得るのではあるまいか」

 私はネズミの撞着どうちゃくにつきえてそれを難詰なんきつする事もなく、哀れなその細い肩を持ってやった。

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