第36話 ニャンの十九の三 百寸導師と芋3

「どうもその様だが、それでも人間の中には殊勝しゅしょうにもヒト以外の動物や生物を大切にしようと言う向きもあるようだ」

 私はく、人間のありようにも一定の理解を示した。

「それにしても、結局は寂しいなどと言って自分の心根のために我々を飼い殺しにするのだろう。

と言って、いてしまえば捨てられるのが落ちであろう。

そしてまた、扱いにおいては一括ひとくくりと言うのは一般に大方その通りであろう」

 と、奴も首肯しゅこうして続けた。

「そう言やあ、あんたはうらやましいほどのふさふさの毛皮を身にまとってはいるが、我々にはまずもって衣服すら与えられてはいないではないか。

春夏秋冬、酷暑の折にも着たきりの毛皮のみ。

その名をすなわち裸だ」

「さらに加えると、人間たちには衣食住などと言う言葉もあれば、我々の仲間を指す家畜、家禽かきんなどと言う言葉も在るぞ」

 私はさも得意げに言った。

「まあ、人間以外はどうなってもよいと言う考えだ。

我々はまる処、人間にとっては食い物の類だからな。

つまり人間どもと言うのは偉ぶっている一方、実のところ我々に甘えているだけなのだ。

家畜にはわらや残飯を食わせておいて、その肉や乳をむさぼり喰らっていやがるのさ。

難しい言葉で言えば、従属栄養型生物の総元締そうもとじめさ」

 ネズミは知識を披瀝ひれきした。

「なるほど、我々みんなの分け前を横取りして、食わしてもらっていると言うだけの事、言うならば我々の体と言うエサに頼っていると言う事か。

奴ら人間に言わせりゃ、有難く頂戴いたしております、だな。

言い得てみょうだなあ」

「おいおい、決してそれだけではないぞ。

私はお前たちを焼いて食べたりはせぬし、どうなってもよいなどとは思っていない」

 私の言に対し、説法師は言い みてそう言った。

「確かにお主ら、サルなどは喰わぬようだがな。

いやしかし、それでも大抵のものは喰っているぞ」

ネズミは食い下がって言った。

「ああ、だがそれでも中には保護区を設けてその中で保護している生物の種もあるようだが」

と、説法師は口籠くちごもってそう返した。

「ああ。そうか。それでも実際には我らを見て、こんな畜生道に住まう奴らの一匹や二匹などと思っている事であろうよ。

事があっても命懸けでこ奴らの命を守ろうなどとは思ってはいまい。

ひとたび飢饉ききんでも起これば、そ奴らにるエサなど無いと抜かす前にそ奴らをほふり喰らってしまう事であろう。

まあ、百歩 ゆずって己の命をつなぐ有難き食い物とでも思ってくれればそれでも良いが。

だが、いずれ鬼でも遣って来れば、そ奴らを置き去りにして我先に逃げ出してしまう事であろう。

その点、我らも何れ同工どうこうだ。

委細いさいに違いはない」

「まあ、確かにそうかも知れぬ」

 私の言に奴も同意した。

「いやしかし、人間と言うものが一般に自分を特別だなどと思い込んでいるのだ。

放埓ほうらつに生き、先住の生物や動物の事を何も考えずにあさり尽くし、喰い尽くす。

国が違えば今度は自国が特別などと言っては、相手が人間となれば戦争を仕掛けては住まいする土地や物資、資源その他を奪い、さらにはこれを滅ぼそうとする。

そのように征服したと言っては喜んでいるのだ。

何処どこかで旱魃かんばつがおこっても、そんなことは知らぬ存ぜぬだ。

もしかすると、自分が食われる存在であるとは思いも寄らぬのかも知れぬ。

まさしく、先ほどからお主が延々と述べ立ててきた通りではないか」

 私は奴の顔を見てこう言いながらも、あちこちで出会ったネズミ共の顔を思い出しては、さすがに哀れみを禁じ得なかった。

「なるほど」

 ネズミはさもありなむと、うつむき加減にながらも、ますます得心したと言わんばかりに頷くと、吐き捨てるようにそう言った。

「そう、つまりは思い上がった下衆の生き物なのさ」

「いや、牛を神と崇める人間の宗教もあるのだ。

つまりは、やや特殊とも言えるが、人によっては自らへりくだることもあるのだとも言えるぞ」

 ヒトのう説法とは言い訳なのかと想わせてくれそうな言説だ。

「さあ、どうだか。遜るとは言っても形ばかりなのではないのか。

人間界に蔓延はびこ傲岸不遜ごうがんふそんしき伝統、所謂いわゆる形式主義というやつだ。

本心はどうだか分かったものではないわ。

それではネコやネズミやゴキブリではどうだ。

人間の内に、これらをあがたてまつる習いなどあろう筈はあるまい」

 私はやや勝ち誇ったように心をもってて伝心した。

「うーん、それは知らぬ」

「いやしかし、アジアと言うところにあるらしいある小国には、奇妙な事にネズミの神様を祀っている神社があるらしいぞよ」

 何処どこで聞き及んだかは不明ながら、ネズミの野郎があろうことか人間どもをゆるすかのような、下らぬ事を知っている。

「ふん、人間と言うのは奇妙な生き物だな。

では、ネズミや牛が神様なら、無論の事ながらヒトこそは神の中の神たり得るのではあるまいか」

 私はネズミの撞着どうちゃくにつき、これを難詰なんきつすることなく哀れなその肩を持ってやった。


  

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