第30話 ニャンの十六 長吉の恩2

 路傍のふんはこれを避け、妙なにおいのするものはわぬ。

食い物がなければ木の皮でも泥水でも何でも口にすることができる。

暑さ寒さは我慢がまんする。

余計な共喰ともぐいもしない。

それだけでは駄目だめなのか。

百歩 ゆずって何か食い物を手に入れるのはかまわないが、それはいわば育て殺してらうのである。

 猫一般には新品は要らぬ。

たで食う虫の虫食いの後のお古で結構。

虫どもの御下おさがり上等とは何処ぞの僧の受け売りだが、命をいただくのならば使い古しで十分に有り難く、我らはこれを一向に構わぬのだ。

生まれてこの方我が身こそがお古となって、地をめぐる一歩一歩を過ごしてきた。

我がこのお古を養うのに新品は要らぬ。

そんな事には露ほども拘らぬが、新品を用いてお古を作るとは可笑しな話。

勿論この世は延々たるの使い回しには違いなく、新品はお古を以てこしらえ、それらがめぐり廻ってたまさかに今このネコの身に宿っているに過ぎぬ。

そしてまたそのお古がめぐり廻って何処ぞの誰かの腹の足しになれば、それもまた佳い。

かくも大きな火や水は要らぬ。

大きな火はお天道てんとう様だけでよい。

我と我がネコはこの脚と口、尻尾しっぽだけで充分である。

毛皮は自前、砂で洗ってつばめておけば何とかなる。

この皮のおかげで一寸やそっとでは怪我もせぬ。

身軽で食い物も多くを要さぬ。

ければその速さは脱兎だっとの如くに疾風しっぷうの如くに刃渡はわたりをよぎり、むささびの如くに多少なりとも空を滑り切って滑りちてもいける。夜目よめく。

この辺りの事どもは猫にはやや勿体もったいが無いが、これこそ言わば自尊の根源であるとも言える。

夜の集会は此れを欠く訳には行かぬが、 お暗き眼はこれを以て生きるに行燈あんどんの如く、あたかねずにあらざるが如し。

 塀の上では泥濘でいねいにあっての如くに昼寝して、目覚めた途端とたんに目が合ったとしてねずみ喧嘩けんかするなどと言うことはない。

鼻先をくっつけては直ぐにゆるし合うのが我々の流儀である。

穏やかなる無関心とでも言うのか、気にするからいけない。

何を信じていようがいまいが、そんなことは互いには如何どうでもいい事だ。

感じられない光や音を発し、これを振りく奴らはこれに気付く事すら出来ぬ。

我々の大きさ強さ、速さ、また熱さ程度で見たり聞いたり、また生きるのが適度でこれが限度。

相手に居合いあい宜しく放り投げられても困る。

 まったく此のあいだの光と音、熱の風には歯が立たなかったのが何とも口惜しい。

自分の命が何処へ向かうのか見当も付かぬまま、何をすにもあたわずながらにして長吉に拾われたのが真相であったろう。

意見が合わぬと言って、信条が異なると言って迫害をしたり大きな火の塊を用いて相手を威嚇いかく恫喝どうかつし、攻撃したり殲滅せんめつしたりすべきではなかろう。

取り返しのつかぬ事を行うべきではない。

それにしても何処ぞのヒトどもがどの様にしてあれ程の大音響、大音声、はたまた大熱量を作り出すことが出来たのか、まったく今を以ての不思議である。


 大熱おおあつに焼けげる身の命無し 熱きうしおにネコのそそがる


 命燃ゆ神顕あらわるるに命無し さながら天に召さるるがごと


 長吉のたまを喰らへり 命なく 涙尽くとて夢に出で


 命無し 命火いのちびともし 火焔かえんく  とどろき 長吉 くも

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