第27話 ニャンの十四の二 皴枯れ声と戯作者2
ガラガラ声の女は休日ともなると私を連れて母親のところへ行き、庭を整え、料理を作った。
それが終わるといろいろな処へと出かけてはボランティアに精を出した。
私はその辺りをうろついては知己を広げたものだ。
彼女の出先のサロンでは、有り難くも多くの有名無名の芸術家連中とも知り合いになった。
ある日、サロンで薄汚い身なりをした男は
「おい、リズ。何だい、君の下にいるその小汚い黒猫は。縁起でもない」
「ああ、この子ね。ええ、今うちにいる子よ。かわいいでしょう」
「ふうん、そうでもないが、そうか。それで、結局あの話はどうなったんだい。君のところでは俺の書くような
「それがね、現代人の心身に
「なんだい、愚にもつかないって。聞き捨てならないぞ。一流紙の副編集長である君が、本当にそう思っているかどうかが大切な事なんだぜ。君からすれば、君に相想をつかされ、捨てられた、こんな三流貧乏作家の最低な奴が書くような話が現代人の心を癒すのに適当だなんて、思ってもいない事を言うもんじゃないよ」
「でも」
「でも、何だい。いや、でも、正しくは君の言う通りさ。つい最近、子供もできたから、何と言っても喉から手が出るほど原稿料が欲しいのは、確かに君の言う通りさ」
「そうそう。その率直さ、潔さが大事よ。じゃあ、決まりね。上への配慮の都合上、連載の最初は値切るから、その心算でいてね。評判次第では出来高払いで、稿料を少しずつ上げてあげる。その方が覚悟ができて、好い作品が書けるでしょ」
「ああ、ありがとう。恩に着るよ。全く君ってやつは。あの時、鬼のように見えた君が、今では女神さまに見えるよ。この、浮かばれない世間の片隅で一条の光が差すのを見た感じだよ。この恩は忘れない。本当にありがとう」
「そうと決まったら早く書いてね。疲れ切った浮世の多くの人々が感動できるような快作を期待しているわ」
「まるで、女神様と奴隷身分のギブアンドテイクだな」
「まずまずの取引でしょう。出世払いで返してね」
「ありがとう、うっ、うっ」
「ほら、家へ帰って寝る間を惜しんで書くのよ。赤ちゃんのミルク代を稼がなきゃなんないんでしょ」
何とこやつらは、実にややこしい上下関係で成り立っていると、聞き耳ながらにそう思ったことだけは記憶している。
先々では結局のところ一流紙と雑誌の購買者が流行戯作者を育て、それによってロンドン市民のみならず多くの人間たちが仕事や人間関係のストレスを忘れて三流の戯作ドラマに没入した好個の事例となった。
これは、あくまでも赤ん坊のミルク代稼ぎのために書かれたフィクションなのだが、その話の中ではロンドン市警の
内容はお定まりの、権力に対する抗争の構図である。主人公のマカートニーは元来、
話は冤罪の観の拭えない罪で服役中の元市長と、宜しくない噂のあった某下院議員や銀行幹部と配下の女子行員、さらには警察幹部を巻き込んでの、国を揺るがす一大経済スキャンダルに発展していく。結果的には
最終的には、シティの
額にして一兆数千億円の
事実とフィクションが巧みに織り交ぜられ、到底一匹のネコの
「ありがとう。君のお陰で何とか仕上がったよ」
「発行部数も落ち込むことがなかったから、まあまあね。文学としては三流だけれど、赤ちゃんのミルク代には丁度よかったのかしら」
「何とお礼を言っていいものやら」
「ふふふ」
ふん。まったく、こ奴らの三流喜劇には付き合いきれぬ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます