第24話 ニャンの十三の一 君と蝕の1

 雨続きの雲の切れ目から時折有難い日の光が差す、これは救いの神である。

日照り続きの後の慈雨じうはこれもまた如何いかにも救いである。

数日の空腹を抱えて仕事の山を下りてきたものにとっては、ヒトさ自のスープが身にみわたってこれをうるおしてくれる救いの神となる。

そういうものである。

しに行く兵士や臣民にすれば、神授しんじゅされた王権を持つ貴様はわば神同然なのだ。

分かりやすい神と言ってもいいであろうが、御前おまえが領民を救ったことがあるか。

散散さんざん苦しめた挙句あげくの見殺しというのが落ちであろう。

御前が領民であるとすればどうだ。

二の句がげまい。

 救済はもしそれが真に必要なら自らこいねがい、これを拾い歩くものだ。

石ころ同様の金貨として道すがらに幾らでも落ちている。

そんなことは領民であれば子供でも知っているのだ。

そのあらゆるものの中に神の種や機能が満ちているのだ。

それはお前を殺しもし、また生かしもする。

その石礫せきれきを拾うがよい。

その石ころで手前てめえの頭を勢いよく小突こづけば何かの救いが現れるはずである

昨晩の夢の中に与太者よたものは出ては来はしなかったか。

それが救いの主である。

大いなる啓示けいじをくれた筈だが、貴様が真の王でなければ恐らくはそれは隠されていたか、或いは見逃しとなった事であろう。

 そこかしこにほうり置かれたる白骨の主は何に、何のために祈ったのかも、また何によって死んだのかも知る事のなかった、多くはもの言えぬままに息絶えた哀れな兵卒たちの内の一人であろう。

彼らは無理やり兵役に追いられ、是非ぜひもない殺し合いを強いられ、有無を言わさず無理やり死に引きり込まれていく。

そののちには誰からも忘れ去られ、寂しくも動く事もままならず、小鳥や雨後の森の精が歌うのを楽しみのよすがとするのみ。

 此のやかたの隣には犬小屋のような廃屋はいおくがあるが、もしやそれは神の住処すみかではあるまいか。

かしいで見えるはりと柱はもしや十字架ではあるまいか。

貴様きさま其処そこしがらみを施してそれを墓としてはこれに神を閉じ込め、殺したのではあるまいか。

これでは救いも何もあるまい。

たとえ王であろうと王のえ玉であろうと乞食であろうと、思い描くが儘に事が運ぶなどとは虫が好過ぎるのだ。

の勢いのままに多くの果実をつけた驕慢きょうまんなる樹木は果実を奪われた挙句に立ち枯れ、跡形あとかたもなくなって仕舞うことであろう。 

 一兵卒の忍び難き悲哀も群民の塗炭とたんの苦しみも知らぬものが、あろうことか、無知ゆえにあからさまな毒饅頭どくまんじゅうたる大号令だいごうれいを下す。

多くの者は神とも王ともトンチキ小僧ともつかぬ者を只管ひたすらに信じ、その号令にはじまる理不尽りふじんきわまる波涛はとうに、生きながらにしてみ込まれていく。

貴様も号令掛けにんだらとっととそこを去るがよろしかろう。

もなければその号令を甘んじてけ、それをいとわずにその玉座ぎょくざ様の椅子にネコ同様に足を投げ出して座っておくが宜しい。

「これは決して王たるものの言葉とは言えまいが、生まれてこの方私は子供の幸せ、子供の頃の幸せをしか知らぬ。

母が生きていた頃はともかく、その後は心休まるいとまなどまるで無かった。

たとうるに王冠と言う名のかせで頭をしばられ、生涯しょうがい出ることのかなわぬ独房に入れられた虜囚りょしゅうのようなものだ。

そうして恐らくは一生をこの堅牢けんろうとりでの囚人を演じなくてはならないのだ。

この世に王道も楽土らくどもありはせぬ。

私の仔馬は私を怪我させるに及び、屠殺とさつされた。

宮殿は広く、周りのものは皆去って行った。

うして今、ネコの御前だけがそばにいてくれる」

 那辺なへんあまねくある民の知恵や如何に。

兵卒役に命を吸い上げられる民の泡沫うたかたよろしき命の対価は如何ほどのものか。

或いはくも下らぬ者のために、数多あまたの命は捧げられるべきものなのか。

我々には命が連鎖であることになかなか思い及ばない節がある。

木々の緑はえ、色付いては落ちる。

連綿として新生しんせい枯死こしを繰り返す。

すべての生あるものはその生を生きながらにして、それと分からないようにして少しずつ何事かを奪われ、けずられがれては毎日少しずつ死んで行く。

このネコの体の毛にしても同じ。

生まれては死に、死んでは生まれの繰り返し。

一匹のネコ、一枚の枯葉に大義はない。

ましてやたまさかに王であることに大義などあろう筈はない。

ネコにしてまた然り。

隻眼せきがん片耳へんじのネコは長生き出来ぬが、仕方がない。

死ぬまで生きるのみ。

其のネコが死に、他のネコが生まれ、また死ぬ。

王も死んでは生まれ、また次の王が生まれては死ぬ。

一目には新旧の交代、傍目はためには連綿たる命の鎖の連なりに過ぎぬ。

それは他との絡みがあればそこで敷衍ふえんされ、あざなわれたつなによるあみの目の如くともなろう。

「勿論、私に夢がなかった訳ではない。

王になる以前の事、若い私は世界中を見て回りたかったのだ。

過去の渉猟しょうりょうは書籍でしか行い得ない。

しかし、そんなものは図書室で何とでもなる」

 ほほう、こ奴はいにしえの世界を渡り歩いたとでも言うのか。

すれば、様々な時代の王の生き方も検見けみ検分して来た筈であろう。

その結果がこの有様か。これは何と最早、哀れと言うほかはあるまい。

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