第23話 ニャンの十二の三 乞食王の3

 領民は無惨むざんなるえを、生きるに老いて抜き差しならぬ皮肉なる現実として生き抜かねばならぬ。

神だ、王だとあがたてまつったとしても、領民どもは王たる貴様に何事かを期待しているのでもなければ、救いを求めている訳でもない。

貴様の行いきたった所業しょぎょうのうち多くの国々とのいくさに明け暮れ、はたまた大戦に破れ、果ては国土は焦土しょうどと化し、その都度つど領民は土地を追われ、或いは放浪の挙句に流民るみん、難民として否応いやおうなく死地へとおもむくのだ。

名も無き若い一兵卒いっぺいそつたちがそれぞれに家族との別離べつりしみつつ故郷をあとにして二度とは帰らない。

老練ろうれんなる傭兵ようへい幾多いくたの戦場を経るうちに、やがては野辺の微塵みじんと散っていく。

異郷にあって流離りゅうりうれいなどと悠長ゆうちょうな事など言ってはおれぬ。

凶弾きょうだん飢餓きが重患やまいたおれれた兵士の死骸しがい街道がいどう徒花あだばなとなって葬られることなく野晒のざらしにほうり置かれ、家族や友人たちとの再会はこれ果たされぬままに、白骨の儘に悠久の時を過ごす。

戦士はこうして戦場に生きて戦場に死んで行く。

戦士でない領民たちはまた、別の場で何ものかにおののきながら死んで行く。

いずれへだてなく、わずかばかりの時を惜しんでは死に行くのみ、後は知らず。

何処いずこの誰も、王すらもがおのれの運命なぞ知らぬ。

 連勝をぐ連戦とは言え、戦いとはいつか敗れるつわものの風前の灯火、後からやってくる誰かに、そうでなくともいずれ死に凌駕りょうがされるのだ。

神だの何だのの大義や名分のもとに掠奪りゃくだつのためのいくさが行われ、多くの無益なる殺戮さつりくが繰り返されては無辜むこの命が蹂躙じゅうりんされては無にかえる。

「なあ、お主よ。私は臣下や領民に対し恩寵おんちょうなどを与えることも無く、重税を課すのみであって、王として一体何をしてやったと言えるのだろうか。勿論王として神に仕え、その御心みこころかなうことこそが大切なのだが」

 心からそう自問できるのであればまだ上等である。真の王であるならば際限のない自問の繰り返しこそが必要である。

と言って何が如何どうなるものでもない。

国々の黎明期れいめいきにはその版図はんとが拡大縮小しては領民もその消長しょうちょう翻弄ほんろうされる。

本来無力である者たちが何事かを行うのだ。

国や民がどのようになり行くかも判らず、おのが最善を尽くす以外に何ができる訳でもない。

いわんや他者に対して何事かの余分の振り分けができる訳でもない。

「何をしてやったのでもない。農夫や兵士たちは見知りもせぬ私と言う虚構きょこうのような存在のみを知り、私は名も無き彼らの存在そのもの以外の顔やそのほかの事を何も知らなかった。ただそれだけの事だ」

 国王が領民に対して直接何かをしてやれるわけではない。

当然、彼らの顔や身上を見知り、彼らの命を保証している訳でもない。

君臨、当地するなどとは言うが、権力者側によるむさぼり、しぼり取り、むしり取りが行われているに過ぎない。

異なる立場にありつつ恐らくは片務へんむ的に、お互いに良く分からぬ搾取さくしゅ関係で存立し合っているに過ぎぬ。

片や勝手に自分の手に入れた誰のものでもないはずの土地を与え、一方はこれに対して地代を払う。

相見互あいみたがいとは言え、互恵ごけい的でもなく、つまりは当然その様な訳の分からぬ全くの不平等そのものの片務へんむ的関係となっていることを指している。

 お互いに探り合いの触手しょくしゅを出しては相手の表面を知り、内側をはかり、さぐり、確かめながら互いがその触手の出し方を最適化していく。

そのようにお互いが相手に依って存するのである。

王が一杯に手を広げていれば領民は腕をちぢこめ身をすくめている。

権力者側の手の及ばないところでは領民はゆったりと腕を伸ばし羽を広げていよう。

互いの領分が接する境界きょうかい部分では大小のせめぎ合いが繰り広げられ、地代が決せられるなどして次第にそのさかいが鮮明となる。

場合によっては度重たびかさなる凶作きょうさくと地代に苦しんだ挙句あげく暴徒ぼうとと化した領民が権力側を襲撃しゅうげきすることもあれば、為政者いせいしゃによる被支配者への弾圧だんあつもあろう。

何の事はない、明々白々たるとどのつまりはお互い敵同士という間柄なのだ。

 ほかにも隣国との紛糾ふんきゅうがあれば、双方の力が拮抗きっこうすれば、その表面上は境界線が一意いちいに決してはいても、水面下ではせめぎ合いや小競こぜり合いは止むことなく、互いに消耗しょうもうくすことであろう。

一方がもう一方をみ込むこともあれば、斯様かようにして其々それぞれのこの世でヒトどもの悲喜劇が繰り広げられ、繰り返される。

 それにしてもこの乞食王は自らの悲惨ひさんなげくばかりで、自分以外のものへ思いを遣る事の出来ぬ狭量きょうりょうの持ち主と来ている、まさしく為政者いせいしゃに多い類型である。

貴様は目明きであるにかかわわらず、何も見知らぬのだ。

もちろん自身のひげの強烈なにおいさえ知らぬ。

先に神の所為せいだなどとは述べ、また救いなど無いとは言ったが、そんなことはこのネコにも分かる程の自明のことわりなのだ。





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