第21話 ニャンの十二の一 乞食王

 自らをどこぞの国王だ、いや我こそはこのヒトの世の王であるとのたまうおめでたいトンチキ亡者もうじゃがいた。

その中の一人は奇妙にちぢうねった長髪の、どう見ても瘋癲ふうてん乞食こじきなのだが、自身を国王になぞらえると言うのではなく、いやむしろ進んでそう信じ込んでいる節があった。

如何どうにも妙なやつで、私をネコと認めるや頓狂とんきょうな声で私を優しくにらんでは、戯言ざれごととも説教ともつかぬ独白を始めるのだ。

曰く、「そもそも、わしは国王の器などではない。いや、だが責任だけは」と宣う。

そののちに続く粗相そそうまがいの言葉の垂れ流しとくるから困ったものだ。

国王などとは知らぬが、国王に似た似非えせ国王か、影か或いは反映か。

 この辺りの森は暗く、昼尚ひるなお暗く鬱蒼うっそうとして樹木は生い茂り、何処どこからか化け物が出てきそうで歩いていても甚だ気味が悪い。

ヒトはどうだか知らぬが、夜の方が寧ろ歩き易いぐらいである。

鳥や虫どもは寝静まっているが、我らの同類はうろついているかもしれぬ。

そうこうしつつ、夜の明かりを頼りにこの大きな小屋のような屋敷へと辿たどり着いた訳であるが、よく見ると何とも気味の悪い館だ。

歩き疲れてようやく辿り着いたものの、小高い山の上にあるものだから、山路も大変なら途中からの階段も結構骨が折れた。

この立派な屋敷には鱈腹たらふく食えるうまい食い物があるだろうと、のこのこ上ってきた訳だ。

出迎えてくれたのが先ほどの乞食とも見紛みまごう王様だ。

これは当てが外れたかとも思い、きびすを返そうかとも考えたが思い直した。

まあ、如何どうでもよい。

やや間の抜けて妙に品があるものの、何かのやまいおかされているのか、ガリガリにせた貧相ひんそうなる奴で、無知むち蒙昧もうまいなるこの我がネコには、ややもすると国王とはこんなものかとも思われる。

ノミやシラミの国の国王がいるとして、目の前の国王はもしかするとそ奴らの足元にも及びもつかぬものかも知れぬ。

ヒトと言う特権的な地位をけ、それをたのんでいるだけのものだ。

ヒトの中でも国王と言うのも、言わば神授しんじゅ的であるとされる特権を享受きょうじゅしているのに同じ。

 そ奴はおつむばかりか鼻の方もやられていたと見え、傍らに近づけぬほどにくさい野郎ではあった。

焼いたイモリかヒキガエルか、得体えたいの知れぬにおいの香をめたものをけているのかとさえ思われたほどだ。

或いは脳髄のうずいんでいるのか、欲も得もなく、朝から晩まで飽きもせず、僧侶そうりょでもないのに気が向けば日がな聖書に読みふけっている。

廃墟はいきょさながらの建物には側近そっきん召使めしつかいさえもそばにはおらぬ。

ただ、こ奴の気分を表立てているであろう、こじんまりとしたひげ大儀たいぎそうに項垂うなだれているように見える。

威厳いげんの象徴とは言え、はえも近寄らぬほどの悪臭に支配された黒光りの髭は毎度毎度の暗黒の如きくさい息に身も世も在らずと、その場を立ち去りたくともそれもかなわぬと言ったてい諦念ていねんも果たせぬままに、悲しげにしょ返っている。

「私は王などではない。そんなに立派な人間ではないのだ」

 それはいかにもその通り、哀れな髭はともかくも、無数ともいえる無辜むこの良民を苦しめた上に、数多あまたの兵士の命を奪っては平気でいられる奴はそうは居まい。

「みな立ち去ったのだ。私には仁徳じんとくがなかったのだ」

 為政者いせいしゃ連中の火を見るかの如き悪政失政のたぐいはその性格上、故意にあらゆる者を踏みにじるに等しく、それらの最期さいごのと言う程のものでもないとりでである命までをも奪い尽くす。

さらに他国の政治的な殲滅せんめつは故意によるものである。

本来、執政しっせいする者に与えられているのは責務に他ならぬ。

如何に国の版図を広げようが、それは先住民の蹂躙じゅうりんなしには行い得ぬ事だ。

おのる事のみを考え、他のうしなうことを考えぬ愚かさよ。

仮想にせよ他を敵と見做みなせばそれは打倒すべきものとなり、勢い自他が平和から隔たった、少なからずあやうい地平に放擲はなたれ、厭々いやいや乍らに標的ひょうてきさながらにそこに立たされることになる。

「この世、この地平において私たち人間に凡そ任務と言うものがあるとすれば、私は其れに従順にしたがってきた心算つもりだ。そしてその結果がこれなのだ。結果に対する批判は甘んじてけようが、その任務はまでも神によってこれを享け、そのご宣託せんたくを信じ、それを行ったのみである。そうすると、私は小さき神の傀儡かいらいであって、卑小ひしょうなる存在である私自体には一切の責任は無いともいえる」

 なるほどそうかも知れぬ。もしそれがその通りならば、貴様は其処にじっと耐えている髭に同じ、世界に冠たる陸の上の覇者はしゃかどうかは知らず、或いはたとえて芥子けし粒と言えばこれに過ぎぬとは言えよう。

如何におごたかぶったところで芥子粒が責任を負うなどもってのほか

しかし実のところこの世に生起する事どもにおいては、その芥子粒を含めあらゆる存在どのがその一切の責任をあらかじまぬがれているのだ。

責任がどうの、罪過ざいかがどうのと言っても、蚤虱のみしらみが互いをわらい、ののしり合い、ばっし合い、にない合っているに過ぎぬ。

 その内にあるうろを見よ。貴様のその洞はやがてすべてのうみみ込みくしては浄化してれる事であろう。

心配は要らぬ。数千、数万を殺そうとも、すべての、あらゆる存在を殺戮さつりくし尽くすとされる神には到底とうてい及びかなうまい。

貴様が神をどう思うかどうかは分からぬが、神を自身のあやまちの正当化に利用するのであれば、それは如何いかにもお粗末そまつな言い分には違いあるまい。

いずれ貴様も王であるか否かの検分けんぶんもなく、即ち何者であるかを問われることも無く、またその罪状によらず、神の名において殺されることであろう。

それほどの事。

つまりは貴様が大王かどうか、また真に大王かどうかなどどうでもよい事なのだ。

勿論もちろんお望みの大王でも構わぬが、それは其れ。大王にせよ、悪大王にせよ、所詮しょせんのところ蚤虱のみしらみ好悪こうお善悪ぜんあくを振り分けるに径庭けいていさぬ。

そうして自らの語るにちた悪巧わるだくみの、ささやかなる悪事の行いに眼をつむりつつ感傷するがよい。

おそるるに、その極く短い時間の旅が貴様きさまを幼き乳呑ちのみ児の頃の揺籃ゆりかごの眠りにいざなってくれることであろう。

此の世界に居るものたちは、く事無く何度でも入れわっては其処に住まいし続け、けずり回ってはよろこかなしむ。

生が如何どうの、死が如何のと悩みはきせず、それを知ってか知らずかこの大地はくらそらめぐり続ける。

て、幾度目いくどめの世かは知らず、最早もはや如何でも構わぬ。


 いくたびかほころほろびまたうる

  蛆蠅うじはえ消えて また跋扈はびこれり


 蚤虱のみしらみ甘き酒粕さけかすろうては

  みむねかなう芥子粒となり


 国滅び うるは蛾蝶がちょうみゆ

  田無し たみ逃散ちょうさん

  

 鬼矢柄おにやがら 宝鐸ほうたく草に逢着ほうちゃく

  毒茸どくきのこにも 愛のあるかな

  

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