※第4幕 『白鳥の湖』のオディールの場合 ⑥ (大人向け表現有ります)
「それにしても不思議な事だ・・・。」
ロットバルトは自分の膝の上に頭を乗せて再び眠りについてしまった白鳥の背中をそっと撫でながら呟いた。
窓ガラスを割って中に飛び込んできた時には本当に驚いた。ガラスの破片であちこち傷付いた身体があまりにも痛々しそうだったので、ロットバルトは白鳥の身体からガラスを取り除き、傷付いた身体の血を水で濡らした清潔な布地で綺麗に拭いてあげ、傷が酷い部分には包帯を巻いてあげた。
自分でもおかしなことをしていると思った。ただの白鳥なのに、傷付いた体が気の毒で、心がズキズキと痛むと同時に、どうしようもないほどの愛しさが募って来る。
「白鳥さん・・・・君は一体何者なんだい・・・?」
ロットバルトには何故自分がこれ程、この白鳥に執着しているのか多少なりとも心当たりがあった。ロットバルトの妻レダは白鳥の化身とも言われていた。
まだレダと婚約中だった頃、彼女はまるでおとぎ話とも思えるような不思議な話をしたからだ。
ロットバルトは瞳を閉じて、まだ若かりし頃のレダとの会話を思い出した―。
「ねえ、ロットバルト。私のお父様は神様の化身だったそうなのよ?」
まだ婚約中だったある日の事・・・温かい春の日差しが差すソファの上に2人並んで座り、レダは編み物を、ロットバルトは読書をしていた。
「え?神様の化身?それはどういう意味なんだい?」
ロットバルトは途端にその話に興味を持ち、本を閉じるとレダを見た。
するとレダも編み物の手を休めるとロットバルトに語った。
「私の母はね、天にいらっしゃる神様に見初められたらしいのよ。母が湖で泳いでいた時に、空から一羽の大きな白鳥が舞い降りてきて、母を大きな翼で抱きしめたそうなのよ。」
「それで?その後はどうなったんだい?」
話の続きが聞きたくて、ロットバルトはレダに催促した。すると、途端にレダは頬を真っ赤に染めると言った。
「そ、その後は・・・。」
「うん。」
「と・・・突然・・その白鳥は・・そ、その美しい男性の姿になって・・そのまま湖の中で母と・・・ま、交わった・・・そう・・なの・・・。」
最期は消え入りそうな声で真っ赤に染まった顔をレダは両手で隠した。
「レダ・・・。」
ロットバルトはポカンとした顔をしたが・・・やがて笑みを浮かべるとレダの耳を甘噛みした。
「キャッ!」
驚いたレダは顔から手を離したその隙にロットバルトはレダに唇を重ねた。
「ロット・・バルト様・・・?」
レダはロットバルトの唇が離れるとますます頬を赤らめ、潤んだ瞳で彼を見た。
「レダ・・愛しているよ・・・。」
ロットバルトはレダの頬に手を触れると、口付けした。
「んっ!」
レダの甘い声がロットバルトの情欲に火をつけ・・そのまま2人はソファの上で身体を重ねた・・・。それがロットバルトとレダが初めて情を交わした日でもあった―。
(そうだ・・・あの時、レダははっきり言った。自分の父親は白鳥の姿に変えた神だと・・・。)
「それにしても・・オディールは無事なのだろうか・・オデットは今どうしているのだろうか・・・?」
軟禁状態にされているロットバルトが思うのは可哀そうなオディールと悪魔の力を身につけたオデットの事だけだった。何の力も持たない自分がふがいなかった。
割れてしまった窓の外をふと見ると、すっかり太陽は沈み、辺りは薄暗くなっていた。やがて湖に月の光が満ちる頃・・・突如として白鳥の姿が光り輝き出した。
「な?一体何が起こったのだっ?!」
驚いているロットバルトの目の前で今や白鳥は完全に光に包まれている。やがて、光が収まると、何と目の前にはあちこち傷を負ったオディールの姿が現れたのだ。
「オディールッ?!まさか・・今の白鳥はお前だったのかっ?!」
ロットバルトは慌ててオディールに呼びかけた。
「オディール、目を開けてくれ。お前の父だよ・・?」
すると・・・。
「う・・・。」
オディールが薄目を開けて、口を開いた。
「お・・・お・・父様・・・?お父様なの・・?」
オディールは目に涙を浮かべなが言った。
「ああ、そうだよ。オディール。お前の父・・だよ・・・。」
「お父様っ」
するとオディールはロットバルトに抱き付き、身体を震わせ泣き出した。
「オディール・・・・オディール・・・可哀そうに・・こんなに傷だらけになって・・・。」
ロットバルトはオディールを力強く抱きしめると願った。
(ああ・・・私にも・・・レダ・・・君のくれた魔法の指輪が自由に使いこなせたなら・・・オディールの傷だって治せるのに・・・!)
すると・・・奇跡が起こった。突然ロットバルトの指輪が優しく光り輝き、その光がオディールの身体に流れ込んでゆき、やがて・・・。
「ああっ!」
突然オディールが声をあげた。
「どうしたんだ?オディール。」
「お父様。あれ程酷かった傷が・・治ったのです!もうどこも痛くありません。」
「そうか・・それは本当に良かった・・・・。では、オディール・・何があったのか話してくれるね?」
ロットバルトはオディールの瞳を覗きこみながら尋ねて来た。
「はい、全て・・・お話します。」
「そうか・・・私が掴まっている間に・・そんなに色々な事が・・・。」
ロットバルトは神妙な面持ちで言う。
「はい・・・お父様。オデットはますます闇の力が強くなってきています。」
「それで?オディール・・・お前はこれからどうしたいのだ?」
オディールは一度俯いたが・・やがて顔を上げると言った。
「お父様、ジークフリート様は私がオデットによって白鳥の姿に変えられてしまった事を知りません。まずはジークフリート様の元へ行き、オデットの呪いによって、夜しか人間に戻る事が出来なくなってしまった旨を説明して分かって頂きたいのです。」
「そうか・・・オディール・・お前はジークフリート王子を愛しているんだね?」
ロットバルトの問いにオディールは真っ赤になって頷く。
「でも・・彼の居城まではどうやって行くのだ?」
するとオディールはロットバルトから離れて、立ち上がると言った。
「大丈夫です、お父様・・・今なら私自分の意思で自由に白鳥の姿になれそうな気がするんです・・。」
そしてオディールは目を閉じると願った。
(私の身体よ・・・白鳥の姿に・・・!)
すると、途端にオディールの姿は美しい白鳥の姿に変身した。
「おお、オディール・・・これは美しい白鳥に姿を変えたな・・・。それでは行きなさい、夜が明ける前に・・・そしてオデットに見つからないように・・!」
父ロットバルトの言葉にオディールは頷くと、羽を広げて飛び立った。
愛しいジークフリートの住む城を目指して―。
バサッバサッ!
オディールは空の飛び方も記憶が残されていた。数えきれない位繰り返されて来た歴史なのだ。例え次元が違う世界の話でも、オディールの記憶に全て刻み込まれている。だから・・・当然ジークフリートのいる場所も把握済みだ。
森を抜けると、美しい大きな城が見えてきた。
ジークフリートの居城だ。
オディールは城の上空を旋回し、必死でジークフリートの姿を探し・・ついに発見した。彼は自室で窓の外を眺めていたのだ。
<ジークフリート様っ!>
オディールはジークフリートの部屋のバルコニーへバサリと降り立つとそれを見ていたジークフリートが驚いて窓を開けた。
(ジークフリート様・・・!)
オディールは強く念じた。すると・・オディールはジークフリートの眼前で・・・元の姿に戻ったのだ。
「ジークフリート様・・・。」
「オディール・・・オディールなのか・・?」
「はい、そうです。私です・・・オディールです・・・。」
すると・・・。
「っ!」
ジークフリートは一瞬顔を歪め・・・次の瞬間、オディールを自分の腕に捕らえ、強く唇を重ねた―。
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