第4幕 『白鳥の湖』のオディールの場合 ⑤

夜明け―


窓からさす太陽の光りでふとオディールは目を覚ました。するとジークフリートと裸で抱き合いながら眠っていた事に気が付き、オディールは真っ赤になってしまった。


(そうだった・・・私、昨夜はジークフリート様と愛し合って・・・。)


2人で激しく抱き合い、何度も愛を交わし合った時の事を思い出しながら余韻にふけっていると、突然恐ろしい気配を感じてオディールはゾクリと震えた。


(ま、間違いない・・・。オデットが・・・この小屋の外で私を睨み付けている・・・・。)


思わずオディールは愛しいジークフリートを揺さぶって起こそうとした。


「ジークフリート様!お願いです。起きて下さいっ!」


しかし、幾ら激しく揺すぶってもジークフリートはピクリとも動かない。


(ハッ!ま・まさか・・・し、死んでしまったの・・・?)


オディールの頭に恐ろしい考えがよぎり、ジークフリートの胸に耳を押しあてた。すると規則正しく心臓が動く音が聞こえて来る。


(良かった・・・ジークフリート様は・・・生きている・・・。)


その時、オディールの耳にオデットの恐ろしい呪詛のような声が響き渡って聞こえて来た。


<オディール・・・憎いオディール・・・早くその汚らしい小屋から出てきなさい・・!>


「オ・・オデットだわ・・・。オデットが・・・私を呼んでいる・・・。」


オディールは震えながらも下着とドレスを急いで着ると、怯えながら小屋の中から出て来た。するとそこには湖の上でふわりと浮かんでいる漆黒のドレスを纏ったオデットの姿があった。その姿は怪しくも・・・美しかった。


「オ・・・オデット・・・。」


オディールは震えながらオデットを見た。するとオデットはその瞳を金色に光らせると言った。


「オディール・・・一体その薄汚い小屋で今迄何をしていたの・・・?」


「あ・・・わ、私は・・・。」


「フン・・・。どうせ盛りの付いた猫のように・・・ジークフリート様の腕に抱かれ、甘い声で鳴いていたんでしょう?!」


「!」


オディールは事実を指摘され、一瞬で顔が羞恥で真っ赤に染まる。


「オディール・・・貴女は本当に酷い女ね?どういう手を使ったのかわよく分からないけど、貴女は約束したわよね?私にその男をよこすと・・なのに何故、そんな事になってるの?!」


「ご、御免なさい・・・ゆ・・許して・・オデット・・・・。」


オディールはガタガタ震えながら必死で許しを乞うも、オデットは許さなかった。


「煩いっ!オディールッ!お前のような女は白鳥に変えてやるっ!」


途端にオディールの身体が焼け付くように熱くなっていく。


「ああ・・熱い・・・た、助けて・・・。」


あまりの熱さで耐え切れず、オディールは自分から湖の中へと入り、その身体を水の中に沈めた。途端にオディールの身体は水の泡に包まれ・・・気付けばオディールは一羽の真っ白な白鳥に変わっていた。


(ああ・・・私はまた・・・同じ過ちを犯してしまったのね・・・!)


オディールは白鳥にされてしまった自分を見て、涙を流した。


「フフフ・・・本当に馬鹿なオディールね。素直にあの男を渡していれば、私に白鳥の姿にされずに済んだのに・・・!まあ、いいわ。同じ双子の妹として温情を与えてあげる。夜の間だけ・・・オディール。お前を人間の姿に戻してあげるわっ!さあ!何処へなりとも好きな場所へ飛んでおいきっ!」


(オデット・・・ッ!)


オディールは泣きながらジークフリートが眠る小屋の上を一周すると、そのまま遠く彼方へと飛んで行った―。



「ふふ・・・やっと目障りなオディールが去ってくれたわ。王子には決してどんな事があっても目を覚まさない深い眠りの魔法をかけてやったし・・・。」


そしてオデットは地面に降り立つと、小屋に近付いて行った。


「それにしても本当に薄汚い小屋ね・・・。こんな所に入るのは嫌だけど・・・これも仕方ないわね・・・。」


そしてオデットは小屋の中へ足を踏み入れると、そこにはジークフリートがベッドの上で眠っている。


「ああ・・・何て美しい男性なのかしら・・・。」


オデットはうっとりしながら言うと、自分の着ているドレスも下着も全て脱ぎ捨てるとベッドの中へと入り、ジークフリートに擦り寄った。

すると、途端にジークフリートはパチリと目を覚まし、目の前にオデットがいる事に気が付き、慌てて飛び起きると言った。


「だ、誰だっ!お前はっ!」


「え・・?誰ですって・・?覚えていないのですか?昨日お城で会ったではありませんか。オディールの双子の妹のオデットですわ。」


飛び切り甘い声を出して、オデットはジークフリートの首に腕を絡めた途端、激しく突き飛ばされた。


「キャアッ!」


オデットはベッドの上に倒れ込んだ。


「触るなっ!この魔女めっ!」


ジークフリートは激しくオデットを睨み付けながら叫ぶ。


「魔女・・・私が魔女ですって・・?」


オデットは身体を震わせながらジークフリートを見つめた。


「ああ、そうだ。お前はまるで恐ろしい魔女のような姿をしている。昨日城で初めてお前に会った瞬間、体中から禍々しい気を放っている事にすぐ気が付いた。普通の人間には感じられない恐ろし気配をなっ!」


「そ、そんな・・・。」


「オディールはどこだっ!俺の愛する姫をどこへやったっ?!答えろっ!魔女っ!」


「く・・・・アハハハハ・・・ッ!!」


オデットは気が狂ったかのように高笑いをすると言った。


「オディール?ああ・・・あの愚かな女ね?あの女は私の言う事をちっとも聞かないから白鳥の姿に変えてやったわっ!もう二度とここへは戻って来ないはずよっ!」


そしてオデットは落ちていたシーツを身体に巻き付けると、パチンと指を鳴らして一瞬で姿を消してしまった。


後に残されたのはジークフリートただ一人。


「オディール・・・。」


ジークフリートはギリッと歯を食いしばった―。



 その頃オディールはなすすべもなく城の上を旋回していた。やがて屋上に降り立つとさめざめと泣いた。


(ああ・・どうすればいいの?こんな姿になってはもう誰とも意思疎通が出来ない。お父様を助け出したいのに、何処へいるかも分からない。それにこんな白鳥の姿では・・何もすることが出来ないわ・・・。)


すると、その時、オディールの目に城の中で最も高い塔の部屋に閉じ込められているロットバルトの姿が目に移りこんだ。


(あ・・・あれは・・お父様っ!)


オディールは羽を広げてロットバルトの閉じ込めれている塔を目指して飛んだ。そして何とかバルコニーの上に降り立つと、くちばしで窓を叩いた。しかしロットバルトは気が付かない。

そこでオディールはこの窓ガラスを割って中へ侵入しようと試みた。


(くちばしで窓が割れないなら・・身体ごとぶつかれば・・!)


オディールは羽を広げて羽ばたくと空高く飛び上がり、窓へ向かって急降下して行った。

そして頭か窓へ突っ込み・・・。


ガシャーンッ!!


派手な音と共に窓ガラスが激しく飛散った。オディールはぶつかった時、あまりの衝撃の強さと痛みで、血まみれになりながら意識を失った・・・。



 あれからどれくらい経過しただろうか・・。ズキズキと身体中が痛む中オディールは目を覚ますと、大きなソファの上に寝かされている事に気が付いた。


「やあ・・・目が覚めたかい?白鳥さん。」


優しい声がオディールに話しかけて来る。それは父、ロッドバルトだった。


(お父様・・・っ!)


思わずオディールは目からポロポロ涙を流した。その姿を見てロットバルとは驚いた様に声を掛ける。


「これは驚いたな・・・。まさか鳥が涙を流すなんて・・・・余程傷が痛むのかい?」


ロッドバルトはオディールに近付くと、そっと身体を撫でてくれた。


(お父様・・。)


オディールはロッドバルトの膝の上に白鳥の首を置くと目を閉じた—。

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