第4幕 『白鳥の湖』のオディールの場合 ①
「ロットバルトッ!覚悟っ!」
ジークフリート王子がオデットを背後にかばいながら魔王ロットバルトに剣を振り降ろした。
「ギャアアアアーッ!!」
肩口からばっさり切られたロットバルトは激しい断末魔を上げながら、崖下から海へ真っ逆さまに落ちていく。
「お父様っ!」
それを見ていたオディールは悲鳴を上げた。するとジークフリート王子はオディールの方を振り向くと今度は剣の切っ先をオディールに向けた。
「ロットバルトの娘、オデット!今度はお前の番だっ!」
「ジークフリート様・・・何故・・・?」
オディールは涙を流した。かつてジークフリートはオディールの恋人だった。そしてオデットは・・・オディールの双子の妹で・・・かつての自分の姿だった。
涙にぬれてジークフリートを見つめるオディールの姿を彼の背後からオデットは顔を歪めるような笑みを浮かべ、口を動かした。
<早く殺されなさいよ。>
その口はそう語っていた。
(オデット・・・貴女はそんなに私の事が憎かったの?それほど・・ジークフリート様が好きだったの・・?)
オディールは思った。
「い・・・いやよっ!死にたくないっ!」
(こんな形で誤解されたまま殺されるなんて絶対に嫌っ!)
オディールはジークフリートに背を向けて走り出し・・・直後、シュッと空気を切る音と共に、焼けつくような痛みが背中を走った。
「う・・・。」
気付けばオディールは地面に倒れていた。口からは血を流し、生暖かい血が身体から流れ出し・・・地面が血に染まる。
(ああ・・・わたしはまたこうやって・・・殺されるのね・・・。また・・?ひょっとして私は何度も何度も・・・死を繰り返してきていたの・・・?)
目の前が真っ暗になっていき、意識が落ちる寸前に頭の中で声が響き渡った。
『そうだ。可愛そうなオディールよ・・・。お前はそうやって何度も何度も数えきれないくらい、かつての恋人ジークフリートによって繰り返し殺されてきたのだ。そんなお前を哀れに思い、私がお前の元に現れた。良いか、お前は自分の末路を知っている。今まで私はこのような台詞を他の童話の世界の女達に告げた事など無かったが・・・。お前には言う。よいか、オディール。ここから逃げるのだ。誰も知らぬ土地へ逃げればお前の命は助かる。そうするしかお前が助かる方法は無い。私は・・・お前に死んで欲しくは・・・無いのだ・・・。』
やがて言葉はどんどん小さくなっていき・・・ついに聞こえなくなった―。
気が付いてみると、オディールはベッドの上に横たわっていた。
「え・・・?今のは夢・・・?」
オディールは指先で頬に触れると、涙が流れた跡がある。その時オディールは確信した。
(いいえ・・これは夢では無い・・・。私はいずれ・・お父様と共に・・・・王子によって殺される・・・。その王子は・・・。)
オディールは王子の名前だけはどうしても思い出すことが出来なかった。
「きっと・・・まだ出会っていないからね。でも出会えば必ず思い出すはず・・。」
オディールはベッドから起き上がると、姿見の前にやって来た。
腰にまで届く長いブロンドの髪にマリンブルーの瞳・・・今年18歳になったばかりのオディールはとても美しい娘だった。
その時・・・。
「お姉さま、おはよう。」
ドアがカチャリと開けられ。双子の妹のオデットが部屋へやって来た。
(オデットッ!!)
途端にオディールに緊張が走る。先程の夢を思い出したからだ。
「どうしたの?お姉さま?」
オデットは首を傾げながらオディールの傍へとやって来た。
「い、いえ。何でもないわ。オデット。昨夜は・・・あまり良く眠れなかったから・・。」
オディールは長い髪を撫でつけながら言った。
「あら?そうだったの?」
オデットは目をパチパチさせながらオディールを見る。
オデットはオディールの双子の妹だった。双子と言うだけあって、2人は顔はそっくりであったが、大きな違いがあった。
オディールの方は光り輝くブロンドの髪に、マリンブルーの瞳。一方のオデットはカラスの濡れ羽色の漆黒の髪に、黒い瞳・・・まさに対照的な存在であった。
「お姉さまはいいわね・・・。輝くような金の髪に、瞳は吸い込まれそうな青い瞳で・・・。」
例のごとく、オデットの話が始まった。
オデットはオディールの背後に回ると、オディールの髪に触れる。
「本当に・・・羨ましいわ・・・。なのに・・私はこんなカラスみたいに真っ黒い髪で、瞳も黒・・・。ねえ、お姉さま・・・私、社交界で何て呼ばれているか知ってる?」
徐々にオデットの口調が強まって来る。
「さ・・・さあ・・?何て呼ばれているのかしら・・・?」
オディールは本当はオデットのあだ名を知っていた。しかし、それをとても口に等出せるはずがない。
「そう・・・なら、教えてあげる。」
オデットはオディールの髪を一房握りしめるとグイッと力を込めて引っ張る。
「!」
思わず痛みで目に涙が滲むも、オディールはそれに耐えた。オデットはオディールの髪を引っ張り、自分の方向を向かせると言った。
「私のあだ名はね・・・クロウ(カラス)って言うのよ・・・。フフ・・笑っちゃうでしょう?」
「そ、そんな・・・笑うなんて・・・。」
オディールは痛みに耐えながら言う。
「!」
オデットは力任せに髪を引っ張り、ついにオディールは床に倒れてしまった。
「う・・・。」
そんなオディールを見下ろしながらオデットは言った。
「あらまあ、大丈夫かしら?お姉さま。さ、私の手に捕まって?」
オデットの差し出した右手にオディールが左手を伸ばした時、手のひらに鋭い痛みが走った。
「痛っ!」
慌てて手を引っ込めて見ると、オディールの手のひらから血がにじんでいる。
「あら?大丈夫かしら?お姉さま・・・。」
オデットは首を傾げながらオディールを見た。
「え・ええ・・・・だ、大丈夫よ・・。」
オディールは血のにじんだ手をかばいながら言った。
(何・・?今のは・・・一体オデットは私に何をしたの・・・?)
「ねえ、お姉さま。この間、次の舞踏会用にドレスを新調したけど・・私にくれないかしら?」
オデットはとんでもないことを言ってきた。
「え?な、何故・・・?」
「だって・・・お姉さまはこんなに美しいんだもの・・・新調したドレスなど着なくても、きっと今回も、男性陣からおモテになるに決まってるわ。それなのに、同じ双子なのにこの私は・・・ねえ?分かるでしょう?」
オデットはオディールの背後に回ると首に手を回しながら言う。
「わ・・・分かったわ・・。あのドレス・・・あ、貴女にあげる・・・。」
全身に冷や汗を流しながらオディールは言った。
「そう?ありがとう、お姉さま。それじゃ・・朝食の席でまた会いましょう?」
オデットは嬉しそうに言うと。オディールの部屋を後にした。途端に足の力が抜け、思わず床に座り込んでしまうオディール。
そう・・・これがオディールの日常だった。
妹のオデットは毎日自分とオディールの容姿の比較をしては、オディールを精神的に追い詰めてゆく。
(神様・・・何て残酷な事をされるのですか?私とオデットが同じ容姿を持って生まれていれば・・・私はこんなに苦しめられることも無く・・・お父様もあんな死に方をしなくてもすんだのに・・。)
姿は見えなかったが、声の主の言葉を思い出す。
『オディール。ここから逃げるのだ。誰も知らぬ土地へ逃げればお前の命は助かる。そうするしかお前が助かる方法は無い。私は・・・お前に死んで欲しくは・・・無いのだ・・・。』
折角の忠告なのに・・・ごめんなさい。
私の事ならどうなったって構わない。
だけど・・・お父様だけは助けたい・・・。
オディールは声の主に謝罪するのだった―。
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