第3幕 『ラプンツェル』の魔女の場合 6

 強引に純潔を奪われ、気を失っていたラプンツェルが次に目を覚ました時にはあたりはすっかり夕暮れになっていた。


「あ・・・・・。」


裸の身体にはあちこちに王子に付けられた口付けの跡が残されている。

そして乱れ切ったシーツは情事の後ですっかり汚れていた。純潔を失った証を目にした時、ついにラプンツェルの目に大きな涙が浮かび、次から次へと涙がこぼれてゆく。


(ああ。私は何と言う事をしてしまったの?どうして何一つ疑わず、あの方をここへ上げてしまったの?お母様は今迄一度だって昼間にここへ来たことが無かったのに・・!それに・・あの方は又来ますと言っていたけど・・・怖い・・怖ろしくて堪らない。無理やり奪われてしまった事も怖いけど、もっと怖いのは・・あの方がもしも『黒死病』を患っていた患者だったら?確実に私は感染してしまっている・・・。どうしたらいいの・・・?お母様・・・!助けて・・・っ!)


そうしてラプンツェルはいつまでも裸の肩を抱きしめて、泣き続けた—。




同時刻―



 本日分の薬が無くなり、診察終了の札を戸口に掛けようとした時に、1台の豪華な馬車がやって来た。それはまるで貴族が乗るような立派な馬車である。


「・・・・?」


ゴーテルは急いで仮面を被ると外へと出て来た。


「あの・・・このような寂れた所に一体どのような御用向きでこちらにいらしたのでしょうか?」


ゴーテルは御者に話しかけた。すると馬車のドアが開き、そこから身なりの良い若者が降りて来くると言った。


「突然押しかけて、申し訳ない。実は私はここより2つ先の国の王子だ。わが国でも『黒死病』が大変流行しており、私自身も少し体調が優れないのだ。そこで念の為にお前に薬を出して貰いたくて、国には秘密にここへやって来たのだ。すまないが早速薬を出して貰えないだろうか?」


ゴーテルは青年をじっくり観察してみた。確かに王子と言われれば、気品が漂って見えるし、何よりこの目の前の立派な馬車と青年の来ている服で、高貴な身分であることが分かる。しかし・・・・。



「恐れ入りますが、本日分の薬は全て使い切ってしまいました。新しく薬を作るには明日にならないと出来ません。お見受けしたところ・・・現在『黒死病』の症状は出ておりません。ただ、これは一概にかかってはいませんとは言い切れません。症状が出始める前の状態かもしれませんし・・。いずれにせよ、明日もう一度いらして頂けますか?」


「う、うむ・・・。そうなのか?それでは仕方あるまい。何処か宿を取ってまた来る事にしよう。・・・こんな事なら・・・ここへ寄ってから行くべきだったか・・・。」


後半、王子は意味深な事を呟いていたが、ゴーテルは気にも留めずに言った。


「それではまた明日お越しください。」


「ああ、朝一番で行く事にしよう。」


王子は笑みを浮かべると、再び馬車に乗り込んで去って行った・・・。王子の馬車の見送りをすると、ゴーテルは腕まくりをした。


「さて・・・これから薬を作らないと・・・。」


そしてゴーテルは納屋へ向かった―。




夜の8時―


ゴーテルは自分が作った『黒死病』の治療薬を飲むと、ラプンツェルの元へ行く準備を始めた。連日『黒死病』の患者の治療ばかりしているので、ついにゴーテルは自身が万一にも病気に感染しない為に、予防として薬を飲んでいたのである。


 ラプンツェルに催促されていた編み物の道具に、食料、水・・それらをリュックに詰め込むと、暗闇の中を塔目指して馬車で駆けて行く。


「今夜は少し遅くなってしまったわ・・・。ラプンツェル・・・寂しがっていないかしら・・・。」


本来ならこんなに伝染病が流行っていなければ、森の動物を捕まえて、ラプンツェルが寂しくないようにペットを与えてもいいのだが、今は世界中恐ろしい伝染病が蔓延している。いつどこで感染してしまうか分からないのだ。そんな状況ではペットどころではない。


 考え事をしながら馬車を走らせていると、ラプンツェルのいる塔が見えて来た。


(ラプンツェル・・・。)


しかし、徐々に塔に近付くにつれてゴーテルはある異変に気が付いた。


「え・・?これは一体何かしら・・・?」


塔のてっぺん・・・・。ラプンツェルの部屋の窓から、地上までつなぎ合わせた布が続いている。

それを見た途端、ゴーテルは全身から血の気が引くのを感じた。


「まさか・・・あの時と同じ・・・?」


ゴーテルの脳裏に数えきれないほどに体験して来たこの世界の記憶が蘇る・・・。



 ラプンツェルの元にゴーテルの目を盗み、足しげく通って来ていた王子がいた事を。元々王子は偶然ゴーテルが塔に登る所を目撃し、同じ手段でラプンツェルに髪を垂らさせ、塔の上によじ登り、まだ何も知らない無垢なラプンツェルを無理やり手籠めにしてしまった。しかし、あの時のラプンツェルはかなり奔放な性格であった。

男に抱かれる事がとても気持ちの良い行為だと言う事を知ったラプンツェルはその後も自ら王子を招き入れ、ゴーテルの目を盗んで情事を重ね・・とうとう赤子を身籠ってしまうのだった。


「ま・・・まさか・・・ラプンツェル・・・・。私はまた・・・失敗してしまったの・・?」


ゴーテルは頭の中が真っ白になってしまった。


「いいえ、まだそうと決まったわけではないでしょう?ひょっとしたらラプンツェルが外に出たくて、窓から布を地上まで垂らした可能性だってあるじゃないの。」


ゴーテルは自分に言い聞かせるように言うと、今夜はこの布ひもを使って、塔に登る事にした。

慎重に布ひもを握りしめながら、壁に足をついてようやくよじ登ると、そこには俯いてベッドに座るラプンツェルの姿が月明かりに映し出されていた。

ゴーテルはいつもと違うラプンツェルの様子に一瞬で何かがあったのだと言う事に気が付いた。


「ラプンツェル・・・?」


ゴーテルはラプンツェルを驚かせないように静かに声をかけた。


「お母様・・・?」


するとゆっくりラプンツェルはこちらを振り向いたが、ゴーテルはその姿を見て衝撃を受けた。

ラプンツェルの髪は乱れ、顔は泣きはらした跡が残されている。


「ラプンツェル・・・。どうしたの?明かりもつけないで・・・。」


「お・・・お母様っ!」


次の瞬間、ラプンツェルはゴーテルの胸の中に飛び込んでいき、胸に顔を埋めると激しく嗚咽し始めた。


「ラプンツェル・・・。」


ゴーテルはラプンツェルの髪を撫で・・・気が付いた。首筋にはくっきりと口付けされた跡が残されていたからである。


「!」


ゴーテルはここで何があったのかを全て理解した。恐らく、ここへ王子がやって来て・・・強引にラプンツェルを抱いたのだ。この怯えようを見れば、いかに恐ろしい目に遭ったのか・・・。


「ラプンツェル・・・ごめんなさい・・・!助けてあげられなくて・・・1人にしてしまって・・・!」


ゴーテルとラプンツェルは抱きしめ合いながら、涙が枯れるまで泣き続けた—。


やがて落ち着いたラプンツェルはポツリポツリと何があったのかを語り始めた。

ゴーテルのふりをして、塔の上に男が上って来た事、そして嫌がるラプンツェルを無理やり抱いた事・・・。


「お母様・・・助けて・・・。あの方は・・またここへ来ると言っていたの・・。」


そしてラプンツェルはゴーテルにますます強く抱き付いてくる。


(良くも・・・私の大切なラプンツェルに酷い事を・・・!)


ゴーテルはフツフツと怒りが込み上げて来た。だが怒りに任せては、また同じ末路を辿ってしまうかもしれない。そして・・ゴーテルは考えに考え・・・良い方法を思いついた。


「ラプンツェル。良い事を思いついたわ。この塔をぐるりと囲むように私が作ったイラクサの種を蒔きましょう。このイラクサはたった一晩で恐ろしいスピードで成長するのよ。イラクサで王子が塔に近付けないようにしましょう。あと、合言葉を考え直しましょう。そうね・・・。『ラプンツェルよ。お前のその長く伸びた金の髪を地上に降ろしておくれ。』と言うから、その言葉を聞いたら髪を地上に降ろして頂戴。」


「はい、分かりました。お母様。」


「これから種を取りに行って、地上に蒔いておくわね?」


「はい・・・お母様・・・。」


そう言うと、ラプンツェルは再びゴーテルに抱き付くと言った。


「お母様・・・・早くあの家でまたお母様と一緒に暮らしたいわ・・・。」


「ええ。ラプンツェル。私も同じ気持ちよ。」


ゴーテルもラプンツェルを抱きしめ、髪を撫でながら言った。



 その後、ゴーテルは地上に降りると急いで馬車に飛び乗った。そして家まで馬車を走らせ、イラクサの種を持つと再び塔へと馬車を向けた。


 念入りに土を耕し、ゴーテルは種を蒔いた。


「これで・・・もう大丈夫、安心だわ。」


そして、ゴーテルは自宅へと帰って行った。


しかし、この時のゴーテルは知らなかった・・・・何者かが2人の会話を盗み聞きしていたという事を―。



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