第3幕 『ラプンツェル』の魔女の場合 5

 この日の全ての患者の診察が終了したのが午後8時であった。

ゴーテルはラプンツェルに渡す食料や水を馬車に積むと、塔へと向かった。

その高い塔は森を抜けた先にあった。レンガ造りの円錐形の塔は高さは約10m程で、塔の中間地点から明かり取りの窓が付いている。塔の頂上が居住スペースになってり、1Fまで螺旋階段で降りられるようになってはいるが、侵入者を拒むために、入口はあえて作られていない。

この塔はゴーテルがこの地に初めてやって来た時に、偶然発見したのである。

うっそうとした森を抜けた先で発見した時は驚いた。何故なら入口が無く、どうやって中へ入れば良いのか分からなかったからだ。

そこでゴーテルは鉤縄をつくり、窓枠目がけて引っ掛けて塔をよじ登って中へ入り、内部の様子を初めて見た時に、この場所を自分の隠れ家にしようと決めたのであった。それから、自分で人が住めるように時間を掛けて修繕したり、作り替えていったのである。


 塔の真下に到着するとゴーテルは呼びかけた。


「ラプンツェル!聞こえるっ?!」


「お母様っ?!」


すぐにラプンツェルが顔を見せた。


「ラプンツェル、縄梯子を降ろしてちょうだい。」


「はい、お母様。」


ラプンツェルはすぐに縄梯子を降ろすと、ゴーテルは食料や水を積んだリュックを背負い、縄梯子を昇って行った。


「お母様・・・無事で良かった・・・っ!」


ラプンツェルは涙を浮かべてゴーテルに抱きついて来た。ゴーテルはラプンツェルを抱きしめると言った。


「いい?よく聞いて頂戴。今村で流行っている病は『黒死病』と呼ばれる恐ろしい伝染病なのよ。感染すると体が黒くなっていくだけでなく、高熱や頭痛、筋肉痛を起こして、死に至る恐ろしい病なの。非常に感染力が強いから、絶対に貴女はこの病が落ち着くまではこの塔から出ては駄目よ。」


「で、でもお母様・・・。治療のお手伝いは・・?」


「私の事なら気にする事は無いわ。薬さえ作れば後はそれを患者さんにあげるだけだもの。それより私は貴女に病気が感染してしまう事が一番気がかりだわ。だからこれからは毎日私が届ける薬を予防の為に飲んでおきなさい。」


そしてゴーテルは木で作られた小さな水筒を渡した。


「お母様、これは?」


「ここに液体の薬が入っているわ。飲んで頂戴。」


「はい、お母様。」


ラプンツェルが薬を飲むのを見届けると、ゴーテルはリュックから食料や水、その他生活に必要と思われる品々を次々とテーブルの上に並べた。その中には地下図書館から持ってきた本もある。


「ただこの塔の上にいるだけでも退屈だろうから本を持ってきたわ。ラプンツェル、他に何か持ってきてほしい物はあるかしら?」


するとラプンツェルは言った。


「はい、お母様。それでは・・・刺繍セットを持ってきて頂けますか?」


「ええ、分かったわ。ラプンツェル、こんな寂しい場所に一人にするのはしのびないけど・・もう暫く我慢してくれる?でも必ず毎晩ここへ来るから。」


「はい、お母様。私なら大丈夫です。ただ・・・私はお母様の事が心配です。1人でそんな恐ろしい病の治療を行うなんて・・・。」


「大丈夫よ、私の事は心配しなくても。それではラプンツェル。もう行かなくては・・・明日の患者さんの為に薬を作らなくてはならないのよ。」


「分かりました。お母さま、どうぞお気をつけて。」


「ええ、ラプンツェル。そうだ、一つ言い忘れたことがあるけど・・・絶対に私以外の人を塔の上にあげては駄目よ?この分だと・・・恐らく世界中でこの病が流行していると思うの。もし『黒死病』に感染していたら怖いでしょう?いいこと?絶対縄梯子を降ろしては駄目よ?」


「はい、分かりました。お母さま。」


ラプンツェルは大きくうなずいた―。




 その後・・・来る日も来る日も『黒死病』に感染した患者の数は後を絶たなかった。これにはさすがのゴーテルもおかしいと思った。


(変だわ・・・村中の人々は全員『黒死病』が完治したのに・・何故患者の数が後を絶たないのかしら・・・?それどころか、ますます増えている気がする・・。一体何故・・・?)


しかし、その理由はすぐに判明する事になった。


この日もゴーテルは患者の治療にあたっていると、この国ではあまり見慣れない異国の服を来た患者たちが馬車に乗ってやって来るようになってきたのだ。


治療が終わった後、ゴーテルは1人の男性患者に尋ねた。


「あなた方は馬車でやって来るようですが・・・一体どちらからいらしたのですか?」


「はい、我々は・・・。」


ゴーテルはその話を聞いて驚いた。何故ならその国はここより遙か遠くにある国だったからである。


「貴女様の噂は遠くの国にまで及んでいます。恐らく大陸中の人々が治療を求めてこちらに向かっています。最もたどり着けたのはほんの一部です。そのほとんどは旅の途中で力尽きてしまいました・・・。」


男性は涙ぐみながら語った。


「まさか・・・そんな事態になっていたなんて・・・。」


(まずいわ・・・このままではますますラプンツェルが塔の上から降りる事はかなわなくなってしまったわ。まさかここまで私の事が知られてしまうなんて思いもしなかった・・・・。)



そしてその日の夜も患者の治療が終わったゴーテルは仮面をつけたままラプンツェルが悲し気に顔を覗かせた。


「どうしたの?ラプンツェル?」


「お母様・・・。それが・・・縄梯子がとうとう切れてしまったの。だからここへ登って来る事が出来なくなってしまったのよ。」


「まあ!そうだったの・・・。あまりにも何度も昇り降りを繰り返していたから・・・とうとう劣化してしまったのね・・・。」


「お母様・・・どうしたら良いでしょうか?」


しかし、ゴーテルにはどうすべきかよくわかっていた。


「安心なさい、ラプンツェル。ここ最近ずっと髪を切っていなかったでしょう?きっと貴女の髪なら地上まで届くはずよ。さあ、試してみて?」


「分かりました。お母さま。」


ラプンツェルは早速長く伸びた髪の毛を地上に向けてスルスルと降ろすと、思った通り、地上まで届いた。


「ありがとう、ラプンツェル。それではこの髪を昇って今、行くわね。」


ゴーテルは髪を昇り、ラプンツェルの元へ行くと言った。


「それではラプンツェル。これから貴女の髪を垂らして私をここに昇らせて頂戴。そうだ・・・『ラプンツェル、ラプンツェル、貴女の髪を垂らしておくれ』と言うからその言葉を聞いたら髪を垂らしてちょうだいね?」


「はい、お母様。でも・・何故急にそのような話をされるのですか?」


ラプンツェルは不思議そうに首を傾げた。


「それはね、今私の処に治療を求めて別の国からもやって来るようになったのよ。その中の誰かが、万一道に迷ったりして、この塔を見つけてしまい、貴女の姿を見つけてしまったら興味を持って昇ってこようとするでしょう?その人物が『黒死病』にかかっていたら、感染してしまうわ。貴女を守る為なのよ。」


「はい、分かりました。お母さまの言う通りにします。」



 その日からゴーテルは毎晩、塔の下で『ラプンツェル、ラプンツェル、貴女の髪を垂らしておくれ』と呼びかけてラプンツェルの元を訪れていたのだが、その様子をじっと見つめていた人物がいた事には2人共気が付いていなかったのである。


そして、事件は起こった―。


この日の昼間、ラプンツェルは塔の中で刺繍をしていた。すると外で声が聞こえた。


『ラプンツェル、ラプンツェル、貴女の髪を垂らしておくれ』


「え・・?お母様?こんな昼間から私の元へやって来るなんて・・・何かあったのかしら。」


そこでラプンツェルは姿を見られないようにいつも通りに髪をスルスルと下に降ろした。

やがて、髪を昇り現れた人物を見てラプンツェルは息を飲んだ。そこには今まで見たこともない青年が立っていたのである。


金の髪に青い瞳の青年を見て、ラプンツェルは怯えた。


「あ、貴方は誰ですかっ?!」


「私は、ここを偶然通りかかった他国の王子です。偶然何者かが、貴女の髪を昇り、ここへ入っていく姿を見つけました。この美しい髪の人物にどうしても会いたくなり、失礼を承知で昇らせて頂いたのですが・・・まさかこれ程の美しい女性がいたとは・・・。私は一目で貴女に恋をしてしまいました。」


王子は熱い視線でラプンツェルを見つめているが、ラプンツェルは怖くて怖くてたまらない。

慌てて螺旋階段を下りて逃げようとするが、背後から手が伸びてきて王子に捕まってしまった。

ラプンツェルは恐怖で震えた。


「ああ・・・何て素敵な髪なのでしょう・・。貴女が欲しい。今すぐに・・・っ!」


王子は軽々とラプンツェルを抱き上げるとベッドへと運んでいく。


「い、嫌っ!やめて!離してっ!」


恐怖で必死で暴れるも、ラプンツェルはあっさりベッドに組み敷かれてしまった。


「愛しい人・・・貴女を今すぐ欲しい・・・。」


王子はラプンツェルの唇を強引に奪った。


「んっ!!」


王子は強く唇を強く押し付け、自分の舌で強引にラプンツェルの口を割ると、舌をねじ込んできた。


「んん~ッ!!」


(いやああっ!怖いっ!た、助けて・・・お母様っ!)


しかし、ここは誰もいない塔の上・・・。


ラプンツェルはこの日、初めて会ったばかりの王子に強引に奪われてしまった―。








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