第3幕 『ラプンツェル』の魔女の場合 4

「お母様、今日の患者様は何名いらっしゃるのかしら?」


ラプンツェルが乳鉢で薬草を擦りながらゴーテルに尋ねてきた。今やラプンツェルは18歳の美しい女性へと成長していた。あれからもラプンツェルの成長速度は留まるるところを知らない。それは全て長く伸びた髪が物語っている。何せ、たった1日で30㎝は伸びてしまうのだ。毎朝の日課は足まで伸びた長い髪を腰のあたりまでハサミでバッサリ斬り落とすところからラプンツェルの日課が始まる


「そうね・・・今村では原因不明の高熱が流行っていて、激しい頭痛を訴えて来る人達もいるらしいから・・・今日も100人位は訪れて来るかもね・・・。」


ゴーテルは薬草をはかりに入れて天秤の目盛を見つめながら言った。


(それにしても妙だわ・・・ここ最近突然得体の知れない奇妙な病が広がってきている。高熱に節々の痛み・・・頭痛に寒気・・・大分昔にもこんな症状をどこかで看た気がするわ・・・。)


長年人間世界で暮らしてきたゴーテルは過去の歴史・・・流行病については非常に詳しかった。しかし・・・。


(駄目ね・・・これだけの症例は普通の風邪にもみられるものだし・・・もっと決定的な特徴の病状が現れなければ・・・。)


そこまで考えていた時、窓の外を眺めていたラプンツェルが言った。


「あ、お母様。最初の患者様が来たわ。」


「それじゃ・・・お通ししてくれる?」


ゴーテルは顔にいつも通りマスクを着けて、フードを目深に被るとラプンツェルに言った。


「はい、お母様。どうぞお入り下さい。」


ラプンツェルはドアを開けると、そこに立ってたのは若い男性だったが、ゴーテルは彼を見た瞬間に目を見張り、ラプンツェルに言った。


「ラプンツェル!すぐに地下室へお入りっ!」


「え?お母様・・・何故ですか?」


ラプンツェルはわけが分からないという表情を見せたが、ゴーテルの今迄にない切羽詰まった声を聞くと、これはただ事ではないと悟り、すぐに別の部屋へ移動し、床下を開けると地下室へと降りて行った。


「く・・・薬師様・・た、助けて・・。」


若者の身体には黒い斑点が浮かび上がっている。


「・・・。」


ゴーテルは無言で後ろに下がると、部屋中の窓を開け放ちながら頭の中でめまぐるしく過去の記憶を呼び覚ます。


(あの黒い斑点・・・間違いないっ!あれは今から200年程前に住んでいた国で大流行した・・・『黒死病』だわっ!)


あの病のせいで、当時の国の人口は3/1にまで減ってしまった。あの頃のゴーテルはまだまだ未熟だった。ゴーテルはハーフエルフの為に、通常の人間の10倍以上生命力が強い。なので『黒死病』に感染する事は無かったが、大勢の人々を見殺しにしてしまった。助けられないと悟り、逃げ出したのだ。その事を200年経った今でもずっとゴーテルは悔やんでいた。

だが・・・今ならゴーテルは治療方法を知っている。


「お待ちなさい。今薬を飲ませてあげるから。」


ゴーテルは患者を外に連れ出すと、座らせた。そして急いで納屋へと向かい、ドアを開けた。するとそこには輪切りにした大量のジャガイモが並べられ、アオカビが沢山生えている。

ゴーテルはカビが生えたジャガイモを袋に詰めると急いで部屋へと戻り、丁寧にカビを取り除くと、ゴーテルが作った特殊な液体の中にカビを入れて、良くかき混ぜて布でろ過した液体の中にキャベツ畑で栽培していた薬草をすりつぶし、液体にしたものと混ぜ合わせ、薬が完成した。


(この液体には様々な成分が含まれている・・・。そして治癒にかかる時間を圧倒的に早めてくれる、エルフ直伝の薬草も混ざっている。この薬が効いてくれれば・・・。)


ゴーテルは手袋をはめて患者の元へと急いで向かった。


「さあ、この薬を飲んでみなさい。」


ゴーテルはトレーに乗せて薬が入った小さなカップを差し出した。患者は震える手でコップを持つと、それを飲み込んでまた地面に横たわったのだが、すぐに目を開けた。


「し・・・信じられません。身体が・・・すごく軽い。あんなに苦しかったのに・・・それに黒い斑点も消えていますよっ!」


若者は歓喜の声を上げた。


「回復されたようで何よりです。それで、この病は今流行っているのですか?」


「ええ、とても大流行していますよ。この間は・・隣の家のお婆さんが亡くなったんです。身体中が黒くなって・・・。」


「そうですか・・・やはり・・。」


「え?この病気をご存知なのですか?」


若者はゴーテルに尋ねた。


「ええ。昔別の国で大流行した話を聞いたことが有ります。取り合えず村人たちに伝えて頂けますか?この病は人から人へと感染します。なのでまずは家の窓は閉めないように。そして・・・少しでも怪しい症状が出ているなら・・・家からコップを持ってここへ来るように。外で治療を行います。」


「分かりました!薬師様っ!すぐに村へ帰って皆に伝えてきますっ!」


若者が去ると、ゴーテルはラプンツェルの元へ向かった。そして地下室を覗きこむとすぐにラプンツェルが現れた。


「お母様っ!一体何があったのですかっ?!」


「ああ、大変よ。ラプンツェル。恐ろしい伝染病が村中で流行り出したの。きっとこれからもっともっと感染した患者がここにやってくるわ。だからラプンツェル。もうここにいてはいけないわ。いいこと?ラプンツェル。この家から南へ真っすぐ下ったところに高い塔が立っているの。そこは階段は無いのだけど、窓から縄梯子がぶら下げられている。その縄梯子を登って塔のてっぺんに登ったらすぐに縄梯子をしまいなさい。誰も・・決して登って来られないように!」


ゴーテルはラプンツェルに言い聞かせながら思った。


(ああ・・・・まさか本当に今迄繰り返してきたことが現実になるとは・・・今回は決してラプンツェルを塔のてっぺんに閉じ込めるつもりは無かったのに、ラプンツェルを守るために閉じ込める事になるとは・・・。)


「どうなさったの?お母様。」


ラプンツェルに声を掛けられ、ゴーテルは我に返った。


「さあ、早くここから去りなさいっ!ラプンツェル!今日の治療が全て終われば、貴女の元を訪ねるから・・・今はすぐにここを離れなさいっ!」


「い・・・嫌ですっ!お母様が感染したら・・どうなるんですかっ?!し、死んでしまったら・・・?!」


ラプンツェルは涙を流しながら首を振った。


「いいえ、私ハーフエルフ。人間よりもずっと生命力が強いのよ。だから死ぬことなど決して無いわ。必ず夜には行くから・・・早くおいきっ!」


その言葉を聞いたラプンツェルは階段を上り、地下室から出て来ると、裏木戸から真っすぐに南へ走って行った。

その後ろ姿を見送ったゴーテルは再び、隣の部屋へと戻った。


ドアの入口には既に治療を待つ村人の長い列が出来ていた。ゴーテルは先ほど作った薬が入った壺を運びだすと、彼等自ら杓子1杯分の薬を持参したコップに注がせ、飲むように指示して、かたずを飲んで、人々の様子を注視した。すると彼等はみるみる内に回復し、誰もがゴーテルに感謝した。


 ゴーテルはこの『黒死病』の原因も何となく理解していた。薬によって完治した人々を集めるとゴーテルは尋ねた。


「この病が流行る頃・・・村で何か異変が起こらなかったかしら?」


すると1人の男が言った。


「そう言えば・・・ネズミが増えたような気がするなあ。」


男の言葉を気に、ある重要な話が浮上して来た。


「確か・・・最初にこの病気を発症した奴が言っていたな・・。ネズミが10匹以上現れたからと言って、毒餌でねずみを駆除したって。その後すぐにあいつの身体に黒い斑点が現れて・・・苦しみながら死んでいった。そこからこの病気が流行り出したんだ。」


それを聞いていたゴーテルは言った。


「間違いない・・・。恐らくねずみに取りついていたノミが宿主を失って人の身体に移って、ノミに食われた。そこからきっとこの病が流行り出したのね。」


その話を聞いた村人たちはざわめいた。


「そ・・・それじゃ・・どうすればこの病から村を守れるんですか?」


1人の年配の男性が尋ねて来た。


「まずは病気から回復した人々は、罠を張ってねずみを生け捕りにしなさい。そして何処か遠くの山にでも捨てて来なさい。いい?決して殺してはいけない。ネズミを殺せば、ノミは人間を襲うわよ?」


「わ・・分かりました・・・。」


村人たちは頷いた。その後、ゴーテルは村人たちに守って貰うべき決まり事を教えた。空気中でも感染するので、家の窓は開け放っておく事、ノミが身体につかないように清潔に保つ事、共同で家の物を使用しない。消毒を出来そうな物は煮沸消毒をする事・・等々。


村人たちは自分達の病を治療したゴーテルの話を誰もが真剣に耳を傾け、感謝の意を唱えた。


(良かった・・・きっとこれでこの村は救われる・・・。)


ゴーテルは胸をなでおろしたのだが、今回のゴーテルの活躍はやがて近隣諸国にまで響き渡り、思いもよらぬ事態へと発展していくのだった―。

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