第3幕 『ラプンツェル』の魔女の場合 3
ゴーテルは途方に暮れていた。連れ帰って来た赤子は今は既にお座りが出来る程に成長しているのである。取りあえずありあわせの布で赤子の身体にあわせて簡単な服を縫って着せてやると、赤子が突如として泣き始めた。
泣いている赤子をゴーテルは抱き上げると、あやしながら言った。
「よしよし、どうしたのかしら?オシメはさっき変えたばかりだからお腹が空いたのかしら?」
ゴーテルはすぐに鍋に麦、ヤギの乳を入れると、やわらかく煮込んで麦粥を作った。
そして赤子を膝の上に乗せるとサジですくって口に麦粥を入れてやる。
すると口を開けて赤子は飲み込み、嬉しそうにキャッキャッと笑った。
「フフ・・可愛らしい・・。」
ゴーテルは笑みを浮かべた。
メリッサという女性はとても美しい女性だった。青い瞳に美しいブロンド。
今ゴーテルの目の前にいるこの赤子もその女性の面影を良く残していた。
ゴーテルはこの赤子が将来どれ程の美女に成長するか良く知っている。
本来なら、絶対に関わってはいけない相手なのに・・・放っておけば厄介ごとにも巻き込まれず、今度こそ壮絶な末路を辿らなくても済むはずだったのに・・・。
「どうしてこんな事になってしまったのかしら・・・。」
赤子の食事を済ませ、片付けをしながらゴーテルはポツリと呟いた。ゴーテルのベッドで眠っている赤子はめざましいほどの急成長を遂げ、今は3歳程度の子供に見える。しかし・・・精神年齢は成長していなかった。
「このまま、あの子を何処か森の中にでも捨ててくれば、私とは何の関りも持たなくなる・・。だけど、森の中には獣が多く棲んでいる・・・。そんな所において来れば、あの子はあっという間に獣の餌にされてしまうわ・・。」
一見冷たそうに思われるゴーテルであったが、彼女は心優しい女性であった。
とてもそんな無慈悲な事は出来なかった。
教会の前に置いてこようかとも考えたが、通常の人の何倍もの成長速度の人間を見れば人々から恐れられ、ゴーテルのように魔女のレッテルを張られ、恐ろしい拷問を受けた末、磔にされ、見せしめのために石をぶつけられ、最期は火あぶりの刑にされてしまう可能性だってある。
「駄目だわ・・・あの子を私のような目に遭わせたくない・・・それに元はと言えば、あの子があんな身体で生まれて来た原因は少なくともこの私にもある訳だから・・やはり私があの子の面倒をみるしかないわ・・・。まずは最初にあの急激に起こっている成長の速度を止めなければ・・・。」
ゴーテルは床板を外すと、そこから地下階段が現れた。アルコールランプを手に、慎重に階段を下りていくと本棚がずらりと並べられた地下図書館となっていた。
「あの子の成長のスピードの速さは・・・エルフにそっくりだわ・・・。」
エルフは人間とは全く異なる成長をする。外見が大人の身体になるのは数年もかからないが、そこか先がゆっくりと年齢を重ねるようになる。人間の50年分がエルフにとってはたったの1年しか年を取らないのである。しかし、ゴーテルは半分は人間である為、半分の速さで年を取っているが、まだまだ人間に比べればはるかに長寿であることに違いは無かった。
ゴーテルはエルフ語で書かれた一冊の分厚い本を取り出した。そしてテーブルの上にアルコールランプを置くと、ページをめくりだし、ある一か所で手を止めた。
「あった・・・これだわ。あの薬草について書かれたページ・・・。」
そしてゴーテルは真剣な表情で本を読み始めた。もともとあのキャベツ畑の中で育てている薬草はエルフの国で栽培されていた野草であった。ハーフエルフであった故に、エルフの国に住みにくかったゴーテルは自分が人間の年齢に換算して100歳の時に、国を離れた。その時に万病に効く野草だと言われて、餞別に父から手渡された種なのだった。
「エルフの国に・・・行くしか無いわ。そしてあの子の成長を止めないと・・・。あの子は只の人間・・普通の人間があの成長速度で育っていけば・・・。恐らく5年以内には死んでしまうかもしれない・・・っ!」
地下階段を登り、ゴーテルはベッドをのぞくと息を飲んだ。
(な、何て事・・・もう3歳くらいに成長している・・・。)
このままではエルフの国に着く前にもう大人の身体に成長してしまう。
(駄目だわ・・・っ!私が何とかここで食い止めなくては・・・!)
そしてゴーテルは再びエルフの薬草についての書物をあさり・・・・ついにある手がかりを発見した。
それは髪の毛である。
身体の成長速度を髪の毛だけに行き渡らせる秘術について記載があった。
「成長を止めたい人物の髪の毛を一房切り取る。」
ゴーテルはナイフで幼子の髪の毛を一房切り取り、布の袋に入れた。
「エルフの秘術・・・床に薬草の汁で魔方陣を描く・・・。」
ゴーテルは本に載っている魔方陣を見ながら地面に描いた。
「魔方陣の中心に切り取った髪の毛を置く。そして火でその髪の毛を1本残らず燃やし尽くす・・・。」
ゴーテルはアルコールランプの炎を髪の毛に移すと火は勢いよく燃えた。
「燃えカスを水に溶かして、髪の毛に塗るのね・・・。」
ゴーテルは燃えカスを丁寧にかき集めると、水に溶いてまだ眠っている幼子の髪に塗りつけた。すると、幼女の髪の毛は一瞬黄金色に輝いた。
そしてその直後から髪の毛がスルスルと伸び始めると同時に、幼女の身体がぐんぐん縮み始めた。
「え・・?時間が逆行している・・・?」
そして気付けば幼女だった子供は再び生まれて間もない赤子の姿へと戻っていた。
「ああ・・・・良かった。元に戻ったのね・・・。フフフ・・・でも髪の毛だけはこんなに伸びてしまったけど・・・。」
ゴーテルは赤子の背中まで伸びた金の髪をすくいあげると笑みを浮かべた。
(やはり・・・他の人にこの子を託すことは出来ないわ。成長は人並みに戻ったけど・・・その分、髪の毛が異常に早く伸びてしまうもの・・・。きっとこの子もそれを他の人達に知られたら迫害されてしまう・・・。私と同じような目に・・・。)
すると突然赤子は目を覚まし、じっとゴーテルを見つめた。
「あら?目が覚めたのかしら?」
ゴーテルはかぶっていたフードを外すとまだ首の座っていない赤子を抱き上げ、言った。
「初めまして・・・私の名はゴーテル。今日から貴女のお母さんになってあげる。そうね・・・貴女の名前は・・・。」
そこまで言いかけてゴーテルは迷った。本来、この赤子は『ラプンツェル』と名付けられなければならないが・・・。仮に同じ名前を付けたら?自分はやはり今まで通り悲惨な末路をたどっていくのだろうか・・・?だが・・・。
ゴーテルは覚悟を決めた。運命など自分の手でひっくり返してやるのだと。
「今日から貴女はラプンツェルよ。初めまして、ラプンツェル?」
そしてニッコリとほほ笑んだ。
この日からゴーテルとラプンツェルの生活が始まった。ゴーテルは畑仕事と薬草づくり、そして患者の治療をしながら、ラプンツェルの子育てを頑張った。
今までずっと何百年も一人暮らしをしてきたゴーテルにとって、誰かと暮らすのは久々の事で、とても充実していた。
子育ては決して楽では無かったが、ゴーテルは愛情を持って育てた。
ゴーテルのキャベツと薬草を盗んだあの若者は、噂によるとメリッサの死を嘆くあまり、発狂して川に身を投げて死んでしまったと言う話を治療に訪れた患者に聞かされた。ゴーテルはその話を聞いたときは、冷たい人物と思われてしまうかもしれないが、正直に言うとホッとしていた。
あの若者が死んだと言う事は、メリッサが死んだのはゴーテルのせいだとあらぬ疑いを掛けられる恐れが無くなったからである。
こうしてゴーテルは心置きなくラプンツェルと暮らせることになり、平穏な日々を送った。
そして時は流れ、あっという間に18年の歳月が経過した―。
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