※第1幕 『灰被り姫』の姉の場合 9(大人向け表現有ります)

 翌朝—


何時ものように夜明け前の5時にアナスタシアは起きた。そして顔を洗いに鏡の前に立った時にアナスタシアは自分に起こった異変に気付いた。

埃にまみれ、手入れの行き届かないアナスタシアの茶色の髪が、何故か丹念に手入れをしたかの如く、ツヤツヤと光り輝き、長い髪はウェーブがかかり、ふんわりとしている。

そして、日焼けした肌は白く輝き、頬は薔薇色に染まっている。


「エ・・・?この姿・・・・もしかして私・・・?」


アナスタシアは信じられない思いで鏡の中の自分をじっと見つめた。だが・・・。


「神様・・・何を考えているのかしら?私は朝から夕方まで農作業で労働して・・・美しく聞かざる事も無いから、外見を整えてくれる事なんか無かったのに・・。そんな事なら、この領地をもっと裕福にして・・・女性は畑仕事をしなくても食べていける位の豊かな場所にして貰いたかったわ。」


そしてアナスタシアはいつものように農作業の服に着替えて、ハンスと共に屋敷を出た。


「ハンス。お母様たちは何時ごろ屋敷に帰って来たのかしら?」


「奥様達は昨夜日付が変わる頃にお帰りになられましたよ。あ、そうそう。アナスタシア様にお渡しくださいとお荷物を預かっております。」


言いながらハンスはアナスタシアにバスケットを差し出しきた。上に被せてある布を取ると、そこにはクッキーや焼き菓子と言った様々な甘いお菓子がたっぷりと入っている。


「お母様・・・ちゃんと約束守って下さったのね・・・。」


すると隣を歩くハンスが声を掛けて来た。


「アナスタシア様・・・。今朝のアナスタシア様は・・何だかいつもと違いますね。普段もお綺麗ですが・・・いつもよりもさらに美しくいらっしゃいます・・。」


「え?ハンス・・・いきなり何を言い出すの?!」


アナスタシアは突然のハンスの言葉に驚き、ハンスを見上げた。するとそこには熱を帯び、潤んだ瞳でアナスタシアを見降ろしているハンスの姿があった。そしてそっとアナスタシアの頬に触れて来た。

そんないつもと様子が違うハンスの様子にアナスタシアは戸惑い、声を掛けた。


「ハンス・・・?」


すると名前を呼ばれたハンスは、弾かれたようにアナスタシアから距離を取った。

その顔は真っ赤になっている。


「ア、アナスタシア様・・・。お、俺は今何て無礼な真似を・・・!」


「ど、どうしたの?ハンス・・・。」


アナスタシアがハンスの側に寄ろうとすると、何故か後ずさるハンス。そして言った。


「・・お・・お願いです。アナスタシア様・・。ど、どうか今の俺に近付かないで下さい・・。さもないと俺はお嬢さんにとんでもない事を・・・っ!」


そしてハンスは走り去ってしまった。


「ハンス・・・・何があったの・・・?」


アナスタシアは呆然とハンスの後姿を見送るしか無かった―。




 太陽が頭の真上近くに来る頃・・・。


アナスタシアは村娘たちと午前中の休憩をしていた。皆でアナスタシアの持って来た焼き菓子を食べていると、マリが言った。


「アナスタシア様、ほら、見てください。私の手。」


すると酷いあかぎれがまるで嘘のように治っていたのだ。


「まあ・・・すごいっ!こんなに早く効果が表れるなんて・・・!」


アナスタシアは感心したように言った。他の村娘たちも驚いてマリの手を見た。


「これもあの軟膏を持ってきて下さった方のお陰ですね。」


1人の村娘が嬉しそうに言った時・・・。


「アナスタシア。」


呼ばれて振り向くと、そこには昨日の青年が木の下に立っていた。


 

「あ、貴方は・・・昨日の・・・。どうも昨日はとても素晴らしいお薬を下さり、ありがとうございます。」


アナスタシアは礼を述べた。


「・・・・」


しかし、青年の顔は何故か暗い。


「あの・・・?どうかされましたか?」


アナスタシアが声を掛けると、突然青年はアナスタシアに近寄り、彼女の右手を握り締めて来た。


「アナスタシア。大事な話があります。ついて来てください。」


「え?あ、あの・・・。」


アナスタシアは困って村娘たちを見つめるも、彼女達は何を勘違いしたのか、にこやかな笑顔で言った。


「いいえ、どうぞごゆっくり。」


「アナスタシア様をよろしくお願いします。」


「今日はもうこちらに戻られなくても大丈夫ですので。」


それを聞いた青年が彼女達に言った。


「ありがとう、すまない。それでは来てください、アナスタシア。」


「え?あ、あの・・・私は・・。」


しかし、青年はアナスタシアの手を握りしめる力を緩めずに、足早に歩き始める。


「あの・・・!」


アナスタシアは前方を歩く青年に声を掛けたが、何故か彼は険しい顔をしている。

その横顔を見たアナスタシアは何も言えなくなり、大人しく付いて行くしか無かった。青年は歩き続け、やがて小高い丘に辿り着くと青年はアナスタシアの手を離して言った。

丘の上からは美しい城が見えている。


青年は無言でアナスタシアに背を向けていたが・・・やがてアナスタシアの方を振り向くと言った。


「アナスタシア・・・・。貴女は何故、昨夜城で開催された舞踏会に参加しなかったのですか?」


丁寧な言い方ではあったが、何処か苛立ちが込められていた。


「あ、あの・・・すみません・・・。ドレスが無かったから・・・です。」


アナスタシアは消え入りそうな声で言う。


「ドレスが無かった?それは言い換えれば・・初めからドレスを用意していなかったと言う事ではありませんか?舞踏会の知らせの通知は大分前からこの国に住む貴族全員に知らせが届いているはずですからね。」


「・・・・。」


アナスタシアは何も言えず俯いた。


「何故・・・参加するかもしれないと言われたのですか?」


「参加しないと言えば・・・・色々詮索されてしまうのではと・・・思ったからです。」


「・・・・。」


青年は黙ってアナスタシアを見つめている。


「私は・・・15歳の時からこの領地にやってきました。この辺り一帯は・・・とても貧しい土地で・・領民達と力を合わせてここまで来たのです。私は・・・畑仕事ばかりしてきたので・・・貴族令嬢としてのたしなみは・・・一切出来ないのです。」


「アナスタシア・・・ダンスも踊れないのですか?」


「はい、踊れません。でも私はダンスの練習やお茶会に参加する位なら・・ここで鍬を振るって畑仕事をする方がずっと楽しいです。」


そして俯くと、青年が近寄ってくる気配を感じた。


「アナスタシア・・・。」


名を呼ばれて顔をあげると、青年が言った。


「少し、座って話をしませんか・・・?」



美しい緑の映える丘の上でアナスタシアと青年は並んで座ると、青年は青空を見上げながら言った。


「昨晩行われた舞踏会で・・・ずっとアナスタシアを探していました・・。」


青年はポツリポツリと語り始めた。


「舞踏会の会場入り口で・・・ずっと貴女を待ち続けていました。きっと貴女は来てくれるだろうと思って・・・。」


「いろいろな女性達からダンスに誘われましたが、それらは全て断り、ただ貴女だけを待ち続け・・・。」


やがて青年は寂しげに言った。


「結局貴女は来なかった・・・。」


「・・・申し訳・・ございません・・・。」


「アナスタシア、2か月後・・また舞踏会が行われます。その舞踏会は仮面舞踏会です。だから・・・例え貴女が踊れなくたって顔が分からないのだから誰かなんて知られる事は無い。絶対・・・今度は・・参加して頂けますか・・?」


青年のあまりの真剣な表情にアナスタシアは頷くしか無かった。


「は、はい・・・承知致しました・・・。」


「アナスタシア・・・・。」


突然青年が身体を近付け、アナスタシアの耳元で囁いてきた。


「今日の貴女は・・・昨日までとは全く違いますね・・・。昨日も美しかったが・・今日は又一味違う・・。まるで匂いたつような美しさだ・・・。」


そして言うなり突然唇を重ね、草むらに押し倒してきた。


「ンッ!」


あまりの突然の出来事に頭が真っ白になるアナスタシア。そしてそのまま青年はアナスタシアの唇を舌でこじ開け、自らの舌を侵入してくると同時にアナスタシアの襟元から手を差し込み、肌に触れて来た。


アナスタシアの全身を恐怖が掛けめぐり、必死で抵抗すると、突然青年が飛び起き、口元を押さえながら呟いた。


「え・・・い、今僕は一体何を・・・?」


そして青年の目には震えてこちらを見ているアナスタシアの姿が映った。


結い上げた髪はほどけ、乱れた襟元からはアナスタシアの肌が見えている。そしてその目には涙が浮かんでいた。


「ア・・アナスタシア・・。」


青年が手を伸ばすとアナスタシアは叫んだ。


「こ・・来ないで下さいッ!」


そして乱れた胸元をかき寄せると、アナスタシアは泣きながら青年の前から走り去って行った―。


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