※第1幕 『灰被り姫』の姉の場合 10(大人向け表現有ります)
1
あの日以来、アナスタシアは外に出るのがすっかり怖くなってしまった。又畑仕事の場に青年が現れたらどうしようと思うと、とてもでは無いが畑には出られない。
そこでアナスタシアはハンスに暫く畑仕事は休ませて貰うと領民達に告げて貰う事にした。領民達はアナスタシアの様子がおかしい事に何となく気が付いていたので、誰もがアナスタシアが畑仕事に出てこない事について文句を言う物は誰もいなかった。いや、むしろ伯爵令嬢なのに自分達と今迄一緒に畑仕事をしてくれてありがとうございますと逆に感謝の意を述べていた。
アナスタアは代わりに屋敷の敷地内の庭で薬草とハーブの研究を始める事にした。青年がくれた軟膏の効き目は抜群で、アナスタシアは今度は自分達で軟膏を作る事が出来ないか、植物の研究を始めていたのだ。
ハンスにも手伝いをお願いしたのだが、何故かハンスはアナスタシアが青年に襲われかけたあの日以来、アナスタシアを避けるようになっていた。
そこでアナスタシアは1人で研究をしていたのだった。
そして月日は流れ、いよいよ今夜が仮面舞踏会の日となってしまった。
本音を言えばアナスタシアは参加したくなかった。だが青年と約束してしまったので欠席する訳にはいかない。
何度目かのため息をついた時、母と2人の妹がアナスタシアの準備をしている部屋へと入って来た。
きらびやかなドレスに髪を結い上げ、化粧を施したアナスタシアを見ると3人は目を見張った。
「まあ!アナスタシア・・・・な、何て美しいのかしら・・・。やはり貴女は着飾ればこんなに美しい女性になるのよ!ところで・・・アナスタシア。貴女は何故そんな手袋をはめているのかしら?」
母はアナスタシアがはめている黒いレースで編んだ手袋を見ながら言った。
「ええ・・・実は手荒れが酷くて・・・これだけは手袋をしないと隠せないので・・。」
アナスタシアは自分の手を握りしめると言った。
青年が持って来てくれた軟膏は確かに良く効くが、1瓶しか無い。畑仕事以外に家の炊事の仕事まである村娘達に使って貰いたかったので、アナスタシアは自分の手には塗った事は無かったのだ。
「ま、まあ・・・手荒れが酷くても・・・それでも貴女はとても美しいわよ?」
母は感動で打ち震えているし、妹のドリゼラにエラもアナスタシアのあまりの変貌ぶりに目を見張った。
「お姉さま・・・・何て素敵!」
エラは目をキラキラさせて言う。
「有難う、エラも素敵よ。」
「た・・・・確かに。お姉さま・・・とても・・・き、綺麗・・・だわ。」
ドリゼラの言葉にアナスタシアは笑みを浮かべた。
あの、滅多に人を褒める事等しないドリゼラが褒めたのだ。アナスタシアの心は少しだけ明るくなった。そして思った。
(きっと大丈夫、だって今夜は仮面舞踏会なのだから。仮面を被るから彼には絶対に私だってバレる事はないはずよ・・・。)
しかし、それはアナスタシアにとっても同じ事。それにアナスタシアは今迄一度も、このようなパーティーに参加した事が無いのだ。だから妹達に言われた。
「お姉さまはまだ社交界デビューをしたことが無いから、今日は見学だけにとどめた方がいいわ。壁際に目立たないように立っていればいいわよ。」
ドリゼラが言う。
「ええ。そうよ、お姉さま。舞踏会は踊るだけが楽しみ方では無いわ。美味しい食事も沢山出るのよ?それに飲み物も。それを楽しめばいいわよ。」
エラのアドバイスにドリゼラは頷くのだった。
2
宮殿に馬車が到着すると、きらびやかに着飾った紳士・淑女がぞくぞくと宮殿の扉を潜り抜けていく。
アナスタシアは見る光景全てが初めてで、そのあまりにも荘厳な様にただただ、呆然としているだけだった。それにこれ程大勢の人々が集まるのを見るのも初めてである。
だからアナスタシアは気が付かなかったのだ。大勢の男性の目が自分に向けられていると言う事に―。
国王の話をボンヤリと聞いていたアナスタシアは奥の立食テーブルに目を向けた。そこには数多の料理が並べられている。それを見たアナスタシアは思った。
(なんて贅沢な料理なんでしょう・・・皆にも食べさせてあげたいわ。)
そこで持ち帰れそうな料理が無いか調べてみようとアナスタシアは思った。
やがて演奏が始まり、仮面舞踏会が始まった。
アナスタシアはそれと同時に素早く料理が並べられているテーブルに行って、持ち帰れそうな料理が無いか見て周っていると、突然1人の仮面を被った黒い髪の男性に声を掛けられた。
「失礼、レディ。料理に随分興味がおありの様ですが・・・この飲み物は最高ですよ。飲んでみてはいかがですか?」
「は、はい。ありがとうございます。」
世間知らずのアナスタシアは言われるまま、その飲み物を口にした途端、ぐらりと意識を無くしてしまった。
次に目を覚ました時は何故か廊下でアナスタシアは床に倒れていた。
2人の男性が何か激しく言い合いをしているのがぼんやりと聞こえて来る。
そして、やがて1人の男性が何か文句を言いながら歩き去って行く足音をぼんやり聞いていた。
「レディ、大丈夫ですか?!」
何処かで聞き覚えのある声が聞こえ、アナスタシアは薄っすら目を開けた。
するとそこには仮面を被った1人の男性がアナスタシアを抱き起していた。
「あ・・・?」
アナスタシアは何か口を開こうとしたが、うまく話す事が出来ない。
すると男性はアナスタシアを抱き上げたまま、何処かへ向かい、やがて部屋のドアを開け、アナスタシアをベッドの上に寝かせた。
「・・・どうやら先程の男にお酒と一緒に何か混ぜて飲まされたようですね。」
男性の声が聞こえて来る。
(え・・?私、何か飲まされたの・・?)
「恐らくそれ程強い薬品では無いでしょう。後10分もすれば薬の効果は消えるはずです。それまでここで休んでいた方がいいですね。」
アナスタシアはその言葉を聞き、目を閉じた―。
やがて身体は動くようになったけれども、まだ頭がぼんやりする。
「ああ・・どうやら相当強いアルコールも飲まされたようですね?やはりまだ休まれていた方が良さそうですね・・。」
言いながらアナスタシアの額に男性は手を添えた。
その声はとても優しく、聞いていると安心感を与えてくれる。
(何て優しい方なのかしら・・声もとても素敵だし・・・。)
アルコールでぼんやりとした目で青年を見つめる。その顔は仮面に隠されていて、見る事は出来ない。
「・・・・っ!」
すると突然何を思ったのか、アナスタシアの上に覆いかぶさり、唇を強く重ねて来た。
(ああ・・・知ってる。私はこの感覚を・・・。)
しかし、アルコールのせいだろうか、不思議と嫌な感覚はしなかった。
青年はアナスタシアが抵抗しない事に気付くと、耳元で囁いた。
「僕は・・・貴女を愛してしまいました・・・。どうか・・・僕の物になって下さい・・・。」
アナスタシアは頷いた。この男性なら・・・構わないと思った。
「本当は顔を見たいですが・・・恐らく見られたくないでしょうね?だから仮面は外しませんが・・手袋は外してもいいですよね・・?」
優しく青年は耳元で言うが、アナスタシアは激しく首を振った。
(駄目・・・この手袋の下は・・・酷いあかぎれの手だから・・きっと幻滅されてしまう!)
青年は首を傾げたが、言った。
「そうですか・・・。でもそれ程までに貴女が拒絶するなら手袋も外しません・・・。」
青年は再びアナスタシアに口付けをしながらドレスに手をかけ、丁寧に脱がせながらアナスタシアの白い肌に優しく触れて来た。
そしてアナスタシアはこの日初めて男性と結ばれた―。
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