それ、祓ってどうにかなることなのか……?


 一応、手伝うか、と思った萌子は、拝殿脇の部屋で着替え、最初だけ、巫女らしく横に控えてお辞儀をしたりしていたが。


 特にすることもないので、総司たちが座る長椅子に座った。


 おい……、という目で総司に見られる。


「いや、なんか私も一緒に祓って欲しくていろいろと」

と萌子が言うと、


「なにを祓ってもらいたいんだ?」

と総司が訊いてくる。


 ふたりとも顔つきだけ神妙そうなまま、頭を下げ、ヒソヒソと話していた。


「仕事でヘマをしないようにですかね?」


「それ、祓ってどうにかなることなのか……?

 まあ、なんか、お兄さんが祈祷きとうしてると、この空間自体が澄んでるくる感じがして、ご利益ありそうだが」


 ご利益がありそう、という言葉を聞きつけたのか、隣の長椅子に座っていた真凛たちも頭を下げ、目を閉じる。


 そもそも、司に祓ってもらいたいな、という思いが根底にあったから、みんな、此処にゾロゾロ入ってきてしまったのかもしれないが。


 総司の横から藤崎が、

「花宮、お前まで祈願してもらおうとするなよ。


 お前、巫女なんだろうが。

 自分でどうにかできないのか」

と抑えた声で、言ってくる。


「だって、私、神職の資格ないし。

 お兄ちゃんがよく言う祝詞だって、たいらけくやすらけくのとこしか覚えてない」


 その言葉は司に聞こえてしまったらしく、


 長年、此処にご奉仕してて、最後のとこだけとかありかっ!?

という顔をしていた。


 司の気が散っているので、この時点ですでに効果は怪しかったが。


 一番前で祈ってもらっていた理がハラハラした様子で振り向き、小声で叫んでくる。


「ちょっとっ、なんかみんな便乗して祈ってないっ!?」


 効果が薄まる薄まるっ、と理はわめていたが、総司は、

「いや、効果はあるようだ……」

と長椅子の斜め下を見ていた。


 萌子について拝殿に入り、駆け回っていたウリが祝詞が進むにつれて、苦しみはじめたのだ。


 何故、苦しむ、ウリッ。

 お前、怨霊だったのかっ?

と総司と萌子は心の中で叫んでいた。





 効いたのか効かないのかわからないお祓いのあと、

「でも、なんかスッキリした気がする~」

と言いながら、みんな晴れ晴れとした顔で拝殿の外に出ていった。


 ウリもなにかから解放されたような顔で駆け回っている。


 ……実は神様の眷属じゃなくて、怨霊だったのだろうか。


 まあ、可愛いからいいけど、と思ったとき、萌子は、総司が空を見上げているのに気がついた。


 夕焼け空に浮かぶダイダラボッチを見て、ホッとしているようだった。


 もしかして、ウリのように祝詞に苦しんだり、祓われたりしているのではないかと心配したようだった。


「課長って……」

と萌子が言いかけたとき、


「総司」

と司がやってきた。


「あのダイダラボッチみたいな奴なんだが」

と上を見上げて言う。


「もしかして、見越みこ入道にゅうどうが巨大化しすぎて戻れなくなった奴かもしれないぞ」


「見越し入道って、最初ちっちゃかったのが、どんどんデカくなってくってやつ?」

と萌子が言うと、そう、と司は頷く。


「だったら、見越した見越したと言うと、消えると思うが」


 そんな司の言葉に、総司は沈黙する。


 上をチラリと見たが、言わなかった。


「……そうか」

と笑って、司は理たちのところに去っていった。


 萌子も総司を見て笑うと、総司は少し赤くなり、


「なんだ……」

とちょっと喧嘩腰に言ってきた。


 なにかが恥ずかしいようだ。


「いえ、そんな課長が好きかなって……。


 あっ、好きって、そういう意味じゃないですよっ。


 こう、人間的に好きかなって。


 ほら、私もウリに憑いたままでいて欲しいしっ。


 で、でも、ずっとあやかし憑きだと、お互いソロキャンは永遠にできませんねっ。


 って、えええっと……


 雨が……」

と萌子は空を見上げてみる。


 雨が降ってきましたね、とか言って逃げ出したかったのだが、夕空は雲ひとつなく、とてつもなくダイダラボッチだった。


 いや、ダイダラボッチだけが夕陽の中に見えていた。


 ダイダラボッチがなにを言っているのか萌子の耳には聞こえないのだが、ちょっと嬉しそうにも見えた。


「雨が……降らないですね。


 って、降っても、どうせ、課長と私の上には降らないですもんねっ。


 あっ、じゃあっ」

と訳のわからないことを言って、萌子は走り、逃げ去った。


 逃げながら、


 今、そういう意味じゃないですよって言わない方がよかったかなっ。


 いっそ、ほんとに好きですとか言ってしまった方がよかったかなっ、と思いはしたが、もう遅かった。






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