パンを焼いてみました


 だが、まあ、基本はソロキャンなので、食べるとき以外は別々だし。


 人数が増えたら、食事が楽しいのは確かだ。


 そんなことを思う総司の横で、萌子が、あ~っという顔をする。


「今度はどうした?」

といつもなにかやらかす萌子に訊くと、火にかかったスキレットの前にしゃがんでいた萌子は、


「いえ、ちょっと目を離していた隙に、スクランブルエッグがスクランブルになる前に固まっちゃって。


 ……大丈夫です。

 今、強引にスクランブルにしました」

と言ってくる。


「……そんなときは、もうスクランブルでなくていい」


 そんな萌子の怪しい料理もさかなに、みんなで一杯やる。


 理はちゃんと自炊しているらしく、料理の腕はなかなかで。


 ダッチオーブンでコトコト煮込んだ、とろとろのタンシチューを出してきた。


 暑い中、この熱々のタンシチューを食べて、さらに暑くなったところで、冷えたビールやチューハイを呑むとたまらない。


 そして、自衛隊にいたときは、火が使えなかったので、別に自衛隊仕込みというわけではないのだろうが。


 藤崎は、ハーブの効いた鯛の塩釜焼きをこれまたダッチオーブンで手早く作る。


 ハンマーで叩かれた塩釜が割れていくのを見ながら呑むのも、また楽しい。


 そんな中、


「す、すみません……。

 私、簡単なもので」

と萌子は恐縮しながら、自分の料理を見る。


 黄色と白がはっきり別れてしまっているスクランブルエッグ、というより、目玉焼きをぐちゃぐちゃにしました、みたいな感じだ。


「大丈夫、大丈夫。

 酒呑みながら食べたら、なんでも美味しいから」

と理は、いまちフォローになってないことを言って笑う。


「萌子ちゃんの卵、この総司が焼いたパンにのせるといい感じだよ」


 そうなのだ。

 ついにダッチオーブンで、パンを焼いたのだ。


 焼いている最中からいい香りがしてきて、たまらなかった。


 生地を作ったり寝かしたり。


 膨れていく様が面白かったり。


 理科の実験みたいで、楽しいな。


 また作ろう、と総司が思ったとき、理がパンが入っているダッチオーブンを見た。


 ちぎるとまだ湯気が上がるふかふかのパンだ。


 理は、それを大きなかたまりから、ちぎりとり、卵をのせて、萌子に渡す。


「ほら、萌子ちゃんの卵、総司が焼いたパンと相性サイコーだよっ」


 萌子ちゃんと総司、相性サイコーだよっ、と聞こえて。


 さっき、連れてくるんじゃなかったと思ったことも忘れて、嬉しくなる。


 だが、そのあと、

「俺のタンシチューと総司のパンも相性サイコーだけどねっ」

と言われて、嬉しいながらも、ちょっとありがたみが薄れてしまったが。





 食後の片付けが終わったあと、理が持ってきた天体望遠鏡を見て、藤崎と萌子は話していた。


 少し離れた場所で楽しそうにそれを見ている理の肩を総司は叩いた。


「ひとつ訊いてもいいか。


 お前、たくさんの女性とチャラチャラ生きられる人生と、たったひとりの愛した女性と共に生きられる人生。


 どっちがいい?」


 あの霊、理的には祓った方がいいのだろうか、どうだろうかと思って訊いてみたのだ。


 だが、

「なにそれ?

 総司はどっち?」

とうっかり訊き返される。


 不意打ちされてまったが、返事をする前に、理は笑って言ってきた。


「総司はたったひとりの萌子ちゃんだよね~」


 だが、たったひとりの萌子ちゃんだよね、と言いながらも、タラシの霊が憑いている理は、


「萌子ちゃ~ん、それ、今日、国際宇宙ステーションがちょうどいい感じに見えるかも~」

と言いながら、萌子の許に行ってしまった。


 やはり、有無うむを言わさず祓おう、と思いながら、総司は空を見る。


 国際宇宙ステーションはよく見えなかったが、ダイダラボッチはよく見えた。








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