なにか忘れている気がする……


 駅呑みか、いいな。


 通勤、基本、徒歩だし、あんまり駅に来ることないけど。


 いい感じの店がいっぱいできてるな~と総司たちより、一足先に駅に着いた萌子は思った。


 瀬尾は、もう今日には帰ると言うので。


 駅で呑んで、そのまま新幹線に乗ることになったのだ。


 萌子たちが駅で服や小物のショップを眺めていると、遅れて総司たちが合流してきた。


 さとしお勧めの鉄板焼きの店に行く。


 テーブル席はなく、鉄板のあるカウンターで、肉や海鮮を焼いてくれるのだ。


「いかんですね、この店は」

と萌子は壁にずらりと並ぶ銘酒の酒瓶を見ながら、総司に言った。


 瀬尾や理の側に多英たちは行きたがったので、萌子の隣は自然に、総司になっていた。


「こんなニンニクの焦げるいい匂いを駅に漂わせてたら、寄ってしまうではないですか」


「……まあ、レストランのエリアの外までは漂ってないと思うが」


 萌子は振り返り、ラーメン屋や鮨屋やお好み焼き屋を眺めなから言う。


「知らなかったです。

 駅にこんなにいっぱい、一度は行ってみたい店ができていたとは」


 実家に帰るときも、神社に行くときも車なので。


 電車の待ち時間に駅でゆっくりとか滅多にない。


「全部の店に行こうと思ったら、相当通い詰めないとな」

と総司は言う。


 そうですねえ、と言いながら、萌子は、よく冷えた日本酒を呑んだ。


 めぐたちの楽しそうな声が総司の横の藤崎の向こうから聞こえてくる。


「なんで、駄目なの?

 藤崎イケメンじゃん」

と瀬尾に言われた、めぐは、


「いや~、そうなんですけど。

 見慣れすぎちゃっててー。


 藤崎、一ヶ月くらい顔見せないでよ。


 そしたら、あら、この人、こんなに格好よかったっけって思うかもしれないじゃん。


 ねえ、賀川さん」

と笑って多英に言っていた。


 ずっと一緒にいると、イケメンかどうかわからなくなるものなのだろうか……。


 チラと萌子は横を見、


 いや、課長はいつ見ても格好いいですけどね、と思った。


 萌子は確実に、恋に落ちるリンゴに手をかけていた。


 というか、とっくの昔に落ちていたのだが。


 ようやく自分でそれを認めようかな、という気になっていた。


 単に酒が入ったせいで、気が大きくなっていただけなのかもしれないが。


 


 酔った全員で、瀬尾を新幹線のホームまで見送った。


「また帰ってきてくださいね。

 待ってますからっ」


 今生の別れのように涙を浮かべ、めぐと多英は瀬尾に言う。


 いや、瀬尾は隣の県に帰るだけなのだが。


 酒が入っているせいだろう。


 瀬尾もまた、ありがとう、ありがとう、と選挙活動のように言い、二人の手を握っていた。


 だが、酔っているのに、その横にいる理や藤崎の手は握らないのは、さすがだった。


 さよーならーと見送り、みんなで下に下りる。


 エスカレーターでは、めぐ、多英、藤崎のグループと、萌子、総司のグループに分かれ、ちょっと離れて乗っていた。


「……今日はなにか忘れてるな」


 ふいに総司がそう言ってきた。


「そうですか?

 なにをでしょう?


 ウリなら憑いてきてますが」

と萌子は振り返る。


 さっき、新幹線と競争して、一瞬、消えていたが、また戻ってきていた。


 今は改札とこのエスカレーターを行ったり来たりしている。


「そうだ。

 お前にキャンドルを買ってない。


 俺はお前と出かけたときには、ひとつ、キャンドルを買ってやると決めているんだ」


 総司はエスカレーターの真正面にある巨大な広告を眺めながら、そう呟いていた。


 そうだったんですか。

 初めて知りました……、

と思いながら、萌子も、ぼんやりした頭でその広告を見つめる。


「お前の部屋がキャンドルでいっぱいになったら」


 ……いっぱいになったら?


「全部に火をつけて」


 火事になりそうですね……。


「ちょっと言いたいことがある」


 火がついたキャンドルがワンルームの部屋の棚の上にも、床の上にも、所狭しと並べてあるところを想像した。


 なにが起こるんだろう……。


 なにかが出てくるか、呪いの扉が開きそうだ、と思ったとき、めぐたちに遅れてエスカレーターを下りた総司が、


「キャンドルを買おう。

 キャンドルは何処かな?」

と呟きながら、みんなと離れて歩き出した。


「何処でしょうね~」

とあまり意味のないことを呟きながら、萌子もそれに付いていく。





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