そうか、これが恋なんですね~


 ……なんの参考にもならなかった。


 というか、たいしてアドバイスもしてくれなかった、と総司は翌日、うちひしがれて職場に来ていた。


「なんかアドバイスするまでもないよね。

 ラブラブじゃん」

と自分ではなく、理に客観的に現状を説明された瀬尾は言ってきた。


「いや、なにもラブラブではない」


「そんな何回もキャンプに誘ってたら、少なくとも、彼女にお前の気持ちは伝わってると思うぞ」


 そうだろうか。


 伝わっているのだろうか。


 ……でも、それも恥ずかしいな。


 萌子と両想いになりたいと願いながらも、自分の恋心が知れるのも恥ずかしい気がしていた。


「でもさ、職場で公私混同すんなよ。

 彼女だけにやさしかったりすると、彼女が周りに睨まれるぞ」

と言った瀬尾の言葉だけがちゃんとしたアドバイスとして、耳に残った。


 そんな、

「えっ? 三時間しゃべって、それだけっ?」

と瀬尾に思われそうなことを考えながら、総司は萌子の出した伝票を見つめていた。


 大丈夫だ。

 俺はちゃんと花宮を叱れる、と思いながら、


「花宮」

と総司は強い口調で萌子を呼んだ。


 はっ、はいっ、と怯えた様子で、すぐさま萌子が飛んでくる。


「この旅費日当の伝票、計算間違ってるぞ」


「す、すみませんっ」


「何故、こんなつまらない計算ミスをするっ。

 お前、今度間違えたら、そろばん坊主をつけるぞっ」


「も、申し訳ございませんっ」

と萌子は謝り、急いで伝票を手に、書き換えに戻った。


 総司は、よし、ちゃんと叱れた、と思い、萌子は、叱られた……と落ち込む。


 だが、他のデスクの人々は、


 ……そろばん坊主?


 なにそれ? 妖怪?


 そもそもいまどき、そろばん使う?

と小首を傾げていただけだった。





「朝からずっと課長に言われた言葉が頭を回ってるんですよね~」


 公園に来ているキッチンカーに並んでいた萌子はそう呟いた。


「恋ね」

と前に並ぶ多英が言う。


「ちょっと計算ミスしちゃって。

 課長に、そろばん坊主つけてやるって言われたのが、ずっと頭を回ってるんですよ。


 ……そうか、これが恋なんですね~」

とちょっと秋めいてきた空を見上げ、萌子は言った。


「いや、そんなこと言われたら、誰に言われても頭、回るよねー」

と後ろでめぐが言っていたが。


「あら?

 来たわよ、あんたが恋焦がれてる課長が」

と言われ、えっ? と萌子は振り向く。


「あっ、やだっ。

 瀬尾せのおさんもいるじゃんっ」


「誰ですか?

 瀬尾さんって」


「あんたの課長と同じくらいイケメンだけど。


 あんたの課長と違って、話しやすくて。


 色気があって、講釈たれない人よっ」

と多英が総司たちの方を見ながら、早口に言う。


 ……課長はイケメンで人気だと思ってましたけど。


 今、実は、ライバルなんて全然いないんじゃないかって気がしてきましたよ……と思う萌子の肩を叩き、


「あんた、鞄持ってきてんじゃんっ。

 鏡貸してっ」

と多英が言ってくる。


 多英は財布しか持っていないようだった。


「鏡ありません」


「なにその女子失格っ」


「重いからです」


「おばあちゃんちにある三面鏡とかほどじゃないでしょうよっ。

 櫛はっ?」


「櫛はロッカーに……」


「そこも女子失格っ?」


「いやいや、自分で持ってきてから言ってくださいよ~」

と萌子が苦笑いして言ったとき、


「賀川さん、何処でどんなイケメンに会うかわからないんだから、外に出るときと社食に行くときは、バッチリ決めて行かないと」

と完璧な髪型を保つめぐがおのれの髪に手をやり、ふふふ、と笑った。


「くっ。

 正論すぎて、反論できない~っ。


 でも、同じことを萌子が言ったら、反論できるけどっ」


「いや、なんでですか……」


「今日は、ギリギリまで仕事やってたからっ。

 早く並ばないと時間内に買えないしっ」

とキッチンカーの行列を見ながら多英は言う。


「いやいや、ギリギリまで仕事やってる方が立派だと思いますけど」


 そういうところを見てくれてる人もいるだろうとフォローのつもりで言ったのだが、後ろから首を絞められる。


「それ、今日、外に出るって聞いたから、五分前からロッカールームにこもって鏡見てた私への嫌味~っ?」


 ひーっ、こっちを立てたら、あっちが立たないっ、と絞められている萌子たちに手を振り、瀬尾たちは最後尾に並んだようだった。


 総司はチラとこちらを見ただけで、瀬尾といっしょに行ってしまった。


 課長~っ、ダイダラボッチ~ッ、ウリ~ッ、助けて~と思っていたが。


 総司ははなから助けてくれるつもりはないらしく。


 ダイダラボッチも雨以外からは助けるつもりはないようで。


 ウリに至っては問題外だった。




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