あいつが支社からやってきた


 次の日の仕事終わり、総司が廊下を歩いていたら、さとしがやってきた。


「逃げるんだ、総司っ」


 焦ったその様子に、何事かと思い、総司はかえって足を止めてしまう。


 そんな総司の両腕をつかんで、理は叫んだ。


「あいつが支社からやってきたっ!」


「なんだ、そのサンタが街にやってくる、みたいなの」

と総司が言うと、


「お前、花宮さん化してないかっ?」


 いや、元からこうか、と言ったあとで、理は後ろを気にするように振り返りながら言ってくる。


瀬尾せのおが支社から来てるんだよ。

 逃げろっ」


 自称色男、瀬尾隼斗せのお はやとは総司たちの同期だ。


 まあ、自称というか。


 自分でも言っているというだけで、ほんとうにそうだ。


 瀬尾が支社に行くと決まったとき、本社の全女子社員が泣いて悲しんだ……、と本人が言っている。


「あいつ、同期の中で一番にお前が課長になったことを妬んでるから。


 お前に会ったら、ネチネチ言ってやると言ってたんだ。

 早く逃げろっ」


「いやいや、理。

 そこでそいつを逃したら、後から俺の嫌味が倍になって炸裂するぞ」

と理の後ろで瀬尾が言った。


 ええっ? と理は慌てて振り返っている。


 瀬尾は気配もなく、理の後ろに立っていたのだ。


「総司っ!

 お前、正面に見えてただろうが、逃げろよっ」

と言われたが。


 瀬尾も言っていたが、此処で聞かずに逃げたら、余計にあとで爆発しそうだな、と思っていたので、逃げなかったのだ。


「やあやあ、課長昇進おめでとう。

 なかなか本社に来る機会がなくて、祝ってやれなくてすまんな」

とすでに嫌味まじりに瀬尾が言ってくる。


「まあ、お前は入社したときから、なんでもできて、抜き出て優秀だったから、当然の結果かな」


「いや、俺は、なにもできないし、優秀でもない。

 そして、願ったことのなにも成しげられてはいない」


 そう総司が言うと、

「……お前のその謙虚でストイックなところは、人間としては嫌いじゃないが。

 俺の立場としては、嫌味を言いづらくなるから、やっぱり嫌いかな」

と瀬尾は言う。


「別に謙虚ではない。

 俺はほんとうになにもできない人間だ。


 現に今、人生最大の難関に差しかかっている」


 なんと、と瀬尾は驚いたように言った。


「総司!

 お前にできないことなどあるのか!」


「……何気に一番総司を買ってるよな、お前」

と理が横で呟く。


「ある。

 恋の成就だ」

と総司は言った。


「なんだって?」


「恋の成就だ。

 俺には難しい」


「……お前がひとりで難しくしてるんだと思うが」

といつも側で見ている理が冷静に言ってきたが。


 その言葉の意味を分析し、対処することが今はできない。


 仕事でならできるのに。


 萌子が絡むと、おのれの願望に沿って、なんでもいいように解釈してしまったり。


 逆にとんでもなく悲観的な思い込みを持って、判断してしまったりするからだ。


「呑みに行くか、瀬尾。

 お前は恋の達人だと聞いた。


 いろいろと聞かせてくれ。

 おごってやろう」


「待て、総司。

 そのチャラい男に聞いても、なんの参考にもならないぞ」


 キャラ違いすぎだ、と理が言い、瀬尾も、待て待て、と言ってきた。


「なんでお前が俺におごるんだ。

 俺はお前に嫌味を言うために来たんだ。


 俺がおごるから、お前は俺の嫌味を聞くんだ」


 それから、恋のアドバイスをしてやろう、と瀬尾は言う。


「理、お前は俺の愚痴を聞け」

と瀬尾に言われた理も、え~? と言いながら、付いてきた。


 男三人で夜の街へと消えていく。





 


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