走り出したいっ!
郵便局から出るとき、萌子が苦笑して言ってきた。
「私、いらなかったですね」
「え?」
「だって、気がつけば、袋、課長が持ってるし。
課長がチェックして出したし」
総司は傘をさしながら、勇気を出して、言ってみた。
「……二人で雨の中歩くのも悪くないかと思って」
一瞬、止まった萌子だったが、
「ですね」
と振り返り、笑う。
ああ、可愛い。
高校生の頃、好きな子に微笑まれると、彼女の名前を叫びながら、砂浜を走りたくなるという友だちがいて、莫迦じゃないかと思っていたが。
今、走りたい!
奴は今、すっかり落ち着いて、二児のパパになっている。
大人になって走りたくなる俺の方がおそらく莫迦だろう、という冷静な分析はしていたのだが。
感情とそれとは別だった。
……呪いのキャンプだ、と総司は思う。
こいつとのキャンプが楽しすぎるから、きっと、こんな気持ちにっ。
いや、それだと藤崎の名前も叫んで駆け出したくならなければ、話がおかしいのだが。
だが、思い返してみれば、あの日、穴に落ちていた花宮を助けて。
俺は何故か、翌週も斧を手に、あの辺りをウロウロしていた。
他のところに行ってもいいかと思っていたのに、わざわざあの場所に行き、斧を手にウロついていたのは何故だ。
花宮がまた落ちているんじゃないかと心配になったからじゃないのか。
まさか、俺は、あのときすでに、恋に落ちていたのかっ?
そこで、総司は、ハッとした。
「猪目神社の呪いかっ?」
と叫んで、
「えっ?
誰か死にそうなんですかっ?」
と萌子に訊き返される。
「……それ、猪目洞窟だろ」
「呪いって言うからですよ。
うちの神社の場合は、呪いじゃなくて、ご利益ですよ」
と言って、萌子は、ふふふと笑う。
ご利益か。
そうか。
そうなのかもな……と思ったところで、また、ハッとする。
いっしょに毎週、猪目神社に言っている藤崎にも、そのご利益があるのではっ?
あいつも猪目神社の呪いにより、花宮を好きになっているのかもしれないっ。
そういえば、ちょっと挙動不審だっ、と総司は、おのれの挙動不審はさておき、思う。
萌子には、
「だから、なんで私を好きになるのが呪いですかっ」
と言われ、
真凛には、
「いや、毎度参拝してる私にご利益、まだないんだけどっ!?」
と言われそうだったが――。
その日、総司は寝る前、飾っていた御朱印帳の萌子が描いたウリのページを開き、ひとり拝んだ。
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