なんかボロボロなんですよ


 なにが、課長の気持ちはよくわからなくても、自分の気持ちならわかるだろ、だ。


 自分の気持ちがわからないのに、俺は、なに偉そうに言ってんだ、と思いながら、藤崎は、おのれの部署に向かい、渡り廊下を歩いていた。


 花宮が課長好きなのは確実だろう。


 お前はもう、リンゴをかじったあと……


 というか、木に登ってもぎとって来そうな勢いで課長を好きになっている。


 木の下で、

「それまだ、毒塗ってない~っ!」

と叫ぶ魔女の声に耳も貸さずに。


 わかっているのに、花宮にハッキリ教えるのが嫌なのは何故なんだろうな。


 その理由はあまり考えたくないな、と思った藤崎は、めぐたちと話しながら先に戻っていった萌子の部署の前を足早に通り抜ける。


 そのままデスクに向かおうとしたが、ひとつ気になることがあった。


 足を止め、素早く振り向いてみる。


 ところで、なにが憑いてるんだろうな、と思ったからだ。


 だが、なにも見えなかった。


 花宮の気のせいだろう……と無理やり結論づけ、スチール棚の横を歩いていたが、まただまし討ちのように振り返ってみる。


「なにやってんの? 藤崎」

と書類を手にやってきためぐに言われただけで、結局、なにも見えなかった。

 




 ボロボロな自分が気になる……と萌子は自分のロッカーについている鏡で顔を眺めていた。


 今まで、キャンプグッズの店を見たついでとかで、食事に行くことはあったが。


 こんな風に、ちゃんと誘われていったことはなかった。


 なんとなくデートっぽい。


 いや、課長はデートだとか思ってないかもしれないけど。


 そうやって意識すると、この仕事終わりのボロボロの顔はな~と気になりはじめたのだ。


 そのとき、

「お疲れっ」

賀川多英かがわ たえがやってきた。


「うわ、どうしたんですかっ」

とそちらを見ると、


「いや、デートなんでしょ。

 化粧直してあげるわよ」

と言ってくる。


「どうしたんですか、突然」


「いや、あんたに恩を売っとくことにしたのよ。

 恋愛成就の神様に仕える巫女さんなんでしょ。


 なにかご利益、ちょうだいよ」

と言いながら、多英はもう化粧ポーチを開けていた。


 いや……参拝に来てから言ってくださいよ、と萌子は思っていたが、顔をいじられているので口を開けない。


「あんたもともと薄化粧だからね~。


 ……あら、綺麗になったじゃない。

 なんか悔しいわね」

と言う多英は、途中で化粧を中断し、自分の顔を直しはじめた。


 鏡で確認し、

「よし」

と言ったあとで、また萌子を化粧してくれる。


 自分では使ったことのないふわふわした肌触りのブラシで顔を撫でられ、くすぐったいな~と思いながら、多英に感謝する。


「眉切るわよ。

 あんた、なにもしてないわね。


 描かなくていい程度に切ってあげるから、私が切ったところは伸びてきたら自分で切りなさいよ」


 はい、お姉さま、と言いそうになってしまった。


 化粧にあまり興味がないうえに、雑な性格なので、こんなにキッチリ化粧したことはない。


 次々と見知らぬ技を繰り出してくる多英が怪しい妖術使いのように思えてきた。


「ありがとうございます、多英さん。

 私、こんなにきちんと化粧したことなくて」


 そうね、と言いながら、化粧道具をしまったあとで、多英はこちらを見、

「でも、私は普段からきちんとしてるけど、素顔も綺麗だからっ」

と主張してくる。


 いやいや、わかってますよ~、と萌子は思っていた。


 多英は元々の造りも派手で綺麗だ。


 何処も化粧などする必要もないように思うのだが。


 多英にそう言うと、

「そうなんだけど。

 化粧するのが好きなのよ。


 綺麗なパッケージとか、頑固職人が作ったブラシとか好き。

 化粧品の効能、じっくり読むのも好き。


 ときめかない?」

と言ってくる。


「あ、それちょっとわかります」

と言って萌子は笑った。


 不器用なので化粧は苦手だが、友だちについて百貨店の化粧品売り場に行ったときなど。


 色とりどりに並んだ化粧品や小物を眺めているだけで、なんだかワクワクしてくる。


 まあ、自分で使いこなす自信はないのだが……。


「今度、あんたのとこの神社に行くから、歓待してね」


 さあ、行きなさいっ、とシンデレラを舞踏会へと送り出す魔女のように、多英は言い、ロッカールームを出たが。


 待っていたらしい総司は、萌子と目を合わせると、

「行くぞ、花宮」

とだけ言って、さっさと先に行ってしまった。


 それを見て、萌子ではなく、多英がいきどおる。


「ちょっと課長っ。

 なんかないのっ?


 普段より綺麗じゃないかとかっ。


 その化粧素晴らしいなとかっ。


 いい色の口紅だが、何処で買ったんだ、とかないのっ?」


「いや、口紅何処で買ったんだはないと思いますね~」

と苦笑いしながらも、萌子は多英に礼を言い、スペシャルなウリ坊つきの御朱印を書く約束をする。


 多英は総司が消えた廊下の方を見て、まだ怒りながらも、

「ま、ご利益期待するのもいいけど。

 直接誰かいい人紹介してくれたのでもいいんだけどね」

とちゃっかり言ってきた。


「が、頑張ってみま~す」

と言い、萌子は急いで総司を追った。









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