すべてが、ふんわり

 


 さっきから、時折、花宮に見つめられている気がする……。


 ロビーの自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら、藤崎はちょっと緊張していた。


 熱く見つめてられている気がする。


 社食でめぐがそんな話をしたときには、ははは、と笑って流したのだが。


 ……いや、やはり、見つめられている気がする。


 ただ、恋心的に見つめるにしては、こちらが見つめ返しても、恥じらうとかいうこともなく。


 強い視線で見つめ返されているのだが。


 まるで、呪われてでもいるかのように……。


 瞳に『怨』とか書いてありそうだ。


 そう。

 花宮が俺をとかないもんな。


 花宮は課長の彼女っぽいものだというウワサだし。


 いや、ウワサというか、俺は見た。


 課長は、キャンプ中もよく花宮の辺りを見つめていた。


 だが、そんな藤崎の心の呟きを萌子が聞いていたら、

「いやそれ、私じゃなくて、ウリとか周辺のキャンプグッズを見てたと思うんだけど。


 っていうか、彼女っぽいとか、私の辺り、とか。

 なんで全部、ふんわり!?」

と言っていたことだろうが。


「そろそろ昼休み終わりだな」

と誰かが言い、みんなゾロゾロとそれぞれの部署に散っていった。


 廊下で藤崎は萌子と一緒になったので、思い切って訊いてみた。


「お、お前、さっきから、ずっと俺を見てないか?」


「ああ、ごめん。

 ちょっと呪ってた」


 やはり、瞳に愛ではなく、怨念が宿っていると思ったのは見間違いではなかったか……。


「だってー、藤崎、課長にキャンプまた誘ってもらうんでしょ?

 私、今週の土曜は友だちと会うから行けないの。


 藤崎、うらやましいなと思って。


 それに、ふたりでいいコンビになっちゃったら、もう私なんて誘ってもらえない気がするし。


 ……課長、また誘ってくれるかなー」

としょんぼり言ってくるので、なんだか慰めたくなってくる。


「大丈夫だ、絶対、また誘ってくれるさ。

 なんだかんだで課長やさしいし」


「ありがとう、藤崎。

 藤崎もやさしいね」

と萌子が微笑みかけてくる。


 どきりとしていた。


 愛かと思いきや、呪われていて。


 呪われているかと思いきや、微笑みかけられて。


 短期間に感情が大きく動いたせいか。


 なんだか萌子の言動がやたら気になるようになっていた。


「課長、日曜だけでも来いよ、とか言ってくれないかな」


「自分から言えばいいだろうが。

 お前が言ったら、断りゃしないよ」


「そうかなー。

 私なんて、藤崎と違って、役に立たないしな~」


 そんなことないぞ、花宮。


 お前がいるだけで、なんだかこう、楽しいし、華があるし、と慰めたかったのだが言えなかった。


 ……おかしいな。


 まさか、俺は花宮を意識してるとか。


 いや、ないない。


 入社してすぐ、同期の女子を見渡したとき、花宮、見た目はいいが、なんか、こいつはない、と思ったし。


 俺はもうちょっとおとなしくて、女の子っぽいか。


 面倒見のいいお姉様タイプの美女が好きだし。


 ないないない、と藤崎は思う。


 第一、あの田中侯爵と争うなんて。


 霊にとり憑かれるより恐ろしいことだと藤崎は思っていた。






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