第56話 貴方と迎える結婚式

 卒業パーティーから一年と少し。

 私は変らずアリーシャの中に存在し続けていた。

 どうやら元の体に戻ってアリーシャの魂と統合されたおかげで、卒業パーティー後も消えずに済んだらしい。

 今なら、ブライト様が自分の体に戻れれば消えないと言っていた意味がわかる――『私』はこれまで十七年生きてきたアリーシャであり、未来から時を遡ってきたアリーシャでもあるのだ。

 そして今日、私アリーシャ・メイベルはジル様と結婚する。



 ***



 リゴーン、リゴーン


 結婚を祝う鐘の音が町中に響き渡る。

 雲一つない晴れ渡った青空に、二人の門出を祝う白い鳥が放たれ空高く羽ばたいていく。

 ステンドグラスがあしらわれた大きな窓から光が降り注ぐ礼拝堂で、神父様を前に純白のドレスに身を包んだ私はジル様と並び立って愛を誓い合った。

 神父様の言葉に従い結婚証明書に交互にサインをして、白の婚礼の衣装を身に纏ったジル様と向かい合う。

 この日のために二人で選んだ指輪を互いの薬指にはめて、ジル様が私の顔を隠していたベールを優しく持ち上げた。

 視界がクリアになってジル様の顔がはっきりと見えるようになる。

 何度となく夢に見たこの瞬間に胸が高鳴る。

 神父様の合図と共に、身を屈めたジル様と触れるだけの口づけを交わした。


「これをもって、ふたりを正式な夫婦と認めます」


 私たちはこの日、晴れて夫婦になった。




 挙式が終わって外に出ると、参列していた親族や大勢の友人たちが笑顔で出迎えてくれた。

 その中に、ライアン様とコーデリア様の姿を見つけて駆け寄る。

 黄色の温かな色合いのドレスを着たコーデリア様が、私たちを淑女の礼で迎えてくれた。


「お二人とも、ご結婚おめでとうございます。とても素敵でしたわ」

「ジルベルト、アリーシャ嬢も、結婚おめでとう」

「ありがとうございます。ライアン、コーデリア嬢」

「コーデリア様、ライアン様もお忙しい中、参列くださってありがとうございました。おかげさまで私たちも夫婦になることができましたわ」


 一足先に夫婦になった二人に報告すれば、ライアン様とコーデリア様が顔を見合わせて幸せそうに微笑んだ。

 半年前に結婚式を挙げたお二人は、ライアン様のご実家であるケルディ家の治める領地で小さな商会を立ち上げた。

 当初、ライアン様は騎士団に入って戦果を挙げることで爵位を賜りたいと思っていたそうだ。けれど、コーデリア様がライアン様と離れるのをひどく不安がって、爵位なんていらないからずっとそばにいてほしいと泣きつかれたことで入団を断念したそうだ。

 二人の幸せそうな様子から、きっとその選択は間違いじゃなかったんだろうと思った。

 ライアン様とコーデリア様は肩を寄せ合って、小さく頷きあうと私たちに深く頭を下げた。


「俺たちがこうしていられるのも、ジルベルトのおかげだ。本当に感謝している――――まだ立ち上げたばかりの小さな商会だけど、いつか必ずお前たちの役に立ちたいと思っている。困った時は必ず声をかけてくれ」


 ライアン様の申し出に、ジル様はライアン様に手を差し出して顔を上げるように促す。


「ええ。その時は頼りにしていますよ」


 ライアン様はその手を握り返して力強く頷いた。



 ***



 親族や友人たちにお礼を言って回っていると、後ろの方にブライト様の姿を見つけた。

 いらっしゃらないと思ったら、ずいぶん後ろの方にいらしたものだ。親しいお友達なのだからもっと近くにいてくださればいいのに。

 そう思いつつも、その謙虚さがブライト様らしいとも思った。

 前から順に挨拶をしていき、ようやくブライト様のところへたどり着く。


「やぁ、ジルベルト、アリーシャ嬢。結婚おめでとう」


 開口一番に私たちへお祝いの言葉を口にしたブライト様は、ひらひらと手を振ってにっこりと晴れやかな笑みを浮かべた。

 目が赤くなっていたのは泣いていたからでしょうか。

 その目の下にはもう隈はなかった。

 私たちの婚約破棄の心配がなくなって、ブライト様もぐっすり眠れるようになったと聞いている。

 学園卒業後、ブライト様は薬学の専門学校に入学した。

 時を遡る前の時間軸でジル様が盛られた薬が何だかわからなかったことから、時を遡ってからいろいろな薬の知識を身につけたそうだ。

 レイ家の当主になる道も絶たれた今、せっかくだからその知識を活かせる仕事をしたいと薬師を目指している。

 学園にいた頃のように頻繁に会うことはなくなってしまったけれど、今でもたまに三人で会ってお茶会を開いている。

 ジル様がブライト様に軽く頭を下げて笑いかけた。


「ブライト、今日は来てくれてありがとうございます」

「当たり前じゃないか、君たちの結婚式だよ? 何があっても来るに決まってるじゃないか」

「最近は忙しくされているのでしょう? お体は大丈夫ですか?」


 手紙のやりとりのあるジル様から教えてもらってブライト様の近況を知っていた私が彼の体調を心配すると、ブライト様はなんてことのないように「大丈夫だよ」と笑った。


「ずっと眠れなかった頃に比べたらなんてことないよ。今は短時間でもぐっすり眠ることができるからずいぶん体が楽なんだ」


 顔色から強がりでないことがわかって安心する。

 今日、ブライト様に会ったら言おうと思っていたことがある。


「ブライト様には本当にお世話になりました。私たちがこうして今日を迎えられたのはブライト様のおかげですわ。本当になんてお礼を言ったらいいか……」

「いやだな、お礼なんて…………そんなの必要ないからさ、幸せになってよ」

「ブライト……」

「僕はね、君たちがこうして二人笑いあってるところを見るのが好きなんだ。だから、これからも今までと同じように友達として君たちのそばにいさせてほしい」


 眩しいものを見るようにブライト様が目を細める。

 私たちは顔を見合わせて頷きあうと、二人でブライト様の手を片方ずつ取った。


「それこそ当たり前のことですよ」

「そうですわ。私たちの方こそ、ずっとずっとブライト様のお友達でいさせてくださいね」

「ありがとう、二人とも――――じゃあ、また都合がいい時にお茶にでも誘ってもらえると嬉しいかな」

「ええ、必ず」

「美味しいケーキをご用意してお待ちしておりますわ」


 再会の約束して、三人で笑い合った。




 最後の挨拶を終えて、私たちは今しがた歩いてきた道を振り返った。

 挨拶した方々が花びらをまいて私たちを祝福してくれている。

 ああ、なんて幸せな日……。

 胸がいっぱいになって泣きそうになった。

 私は隣に立つジル様にこっそり声をかける。

 「何ですか?」と話を聞こうと身をかがめてくれたジル様の頬にキスを送る。


「ジル様……私、今とっても幸せです」


 溢れ出しそうな気持を言葉にすれば、ジル様はふっと目を細めて唇にキスを返してくれた。


「僕もです。これから先もずっと幸せを築いていきましょうね」


 お互いに笑い合って参列してくれた皆様へ深くお辞儀をして踵を返した。

 差し出されたジル様の手に自分の手を重ねて、階段下に待たせてある馬車へと歩き出す。

 一歩、一歩ゆっくり階段を下りていた私は、あと数段というところでうっかりドレスの裾を踏んずけて前のめりに転びそうになった。

 すかさずジル様に抱きとめられて、ほっと安堵の息をつく。


「まったく……最後まで心配で目が離せませんね」


 苦笑するジル様と目が合って、どちらからともなくクスクスと笑ってしまった。


「では、ずっと見ていてください――――私もずっと、ジル様のことを見ていますから」


 そう言うと、ジル様は一瞬きょとんとした後に小指を差し出した。


「では、約束ですよ」


 差し出された小指に指を絡ませて、私はジル様に微笑んだ。


「はい、約束です」

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