第36話 恋愛相談をいたします

 勉強会ではなく恋の相談会を開くことにした私とジル様とアリーシャは、悩めるライアン様を引きずるように図書室に連れ込んだ。

 先日試験が終わったばかりなので、放課後の図書室に人けはない。

 奥まったところにある閲覧スペースは誰かに遭遇することもなく秘密の話をするにはうってつけの場所といえる。

 私たちが図書室の入り口をくぐると、すでに図書委員の活動をしていたブライト様がライアン様の姿を見て顔を顰めた。一方、ライアン様も同じように顔を顰めていた。どうにもお互いが苦手なようだ。


「ブライト様、今日は勉強会ではなく相談会をいたしましょう!」


 アリーシャがブライト様にかけよってその手を引いて奥の閲覧スペースに導いていくので、後方にいたライアン様は慌てたように声を上げた。


「いや、俺はそんなこと一言も頼んだつもりは……!」

「ライアン。諦めた方がいいですよ。こういう時のアリーシャには言うだけ無駄というものです」


 やれやれと苦笑したジル様もアリーシャに続いて図書室の奥へと足を向ける。

 言うだけ無駄とは酷い言われようではありませんか。

 思わず「失礼ですわね」と口に出してしまい、ジル様に慌てて口を押えられた。幸い小声だったのでライアン様には聞かれずにすんだ。

 奥まったところにある四人掛けのテーブルにそれぞれが腰を下ろすと、ブライト様がすっと手を挙げて一番にしゃべりだした。


「それで? この状況は一体どうしたっていうのさ?」


 胡乱気な眼差しでアリーシャたちに順に目を向ける。

 アリーシャ、ジルベルトときて、いつもならいないはずのライアン様のところで目を留める。

 以前、剣技の授業であったいざこざなど知らないアリーシャが、目をキラキラと輝かせて意気揚々と答える。


「ライアン様の恋を応援したいと思いまして」


 その一言ですべてを察したらしいブライト様が無言でジル様に目を向けた。

 なんでアリーシャ嬢までこの件に混ざってるのさと言いたげな視線だ。ジル様がアリーシャの前でコーデリア様の名前を出してしまったせいなのだけれど、それについては後で弁解させてもらいましょう。

 混ざってしまったものは仕方がない。

 曲がりなりにも毎日のように恋愛小説を愛読している彼女のことだから、多少なりとも戦力にはなると思う。

 こちらもちょうどライアン様の恋愛模様が今どのあたりまで進んでいるのか気になっていたところなので、この機会に聞いてしまおうと私はジル様に断りなく口を開いた。あくまでジル様っぽく。


「ライアンはコーデリア嬢とどの程度仲良くなったんですか?」


 私の問いに、ライアン様はついっと目をそらして口を結んだ。

 なんでしょうか、その気まずそうなお顔は。

 まさか……あれからもう数か月も経つのに、まだ全然進展してないとでもいいますの!?

 内心衝撃を受けていると、何も知らないアリーシャが遠慮なく追撃してくれた。


「お二人でどこかに出かけたりなさらないのですか?」

「………………まだ、そんな仲では……」


 ぼそりとした呟きに、ジル様とブライト様がそろって素っ頓狂な声を上げた。


「は!?」

「はぁ!?」


 お二人とも、もっと進んでいると思っていたんですね。わかります、私もそう思っておりました。

 女性関係に明るそうに見えたのに、まさかこんなに奥手な方だったとは。人は見かけによりませんわね。

 きっかけさえ作ればあとは自然におつきあいするようになるかと思っていただけに、これは予想外としか言いようがありません。

 なんとか……なんとかしなくては。

 ライアン様にはなんとしてでも卒業パーティーまでにコーデリア様を落としてもらわないと困るのです。

 私は止まりかけていた思考をフル稼働させてどうするべきか考える。

 いきなり二人で出かけるのはハードルが高いだろうか。

 下手をしたらコーデリア様に警戒される恐れもある。

 私は以前読んだ恋愛小説のあらゆるシチュエーションを思い出して、何かいいアイディアはないかと考えを巡らせる。


「…………そうだ、ダブルデート……」


 思わず口をついてでた単語にみんなの視線がジル様に集まる。

 ダブルデート。これならハードルも下がるし、私もライアン様とコーデリア様のすぐ近くでお二人のことを直接観察できる。

 いい考えかもしれない。そう思って、今しがた浮かんだ考えを言葉にする。


「そうです、ダブルデートをしましょう。わた……僕とアリーシャ、ライアンとコーデリア嬢の四人でどこかにでかけるんです」

「まぁ! 素敵ですわ!」


 ぱんっと手を合わせてアリーシャが顔を輝かせた。

 ひとまずアリーシャは乗り気のようだ。この作戦にはアリーシャの協力が必要不可欠なので、乗り気なのはありがたい。

 あとはライアン様ですわねと彼に目を向ければ、いきなりのことで戸惑っているような表情を浮かべていた。


「協力……してくれるのか?」


 呆然と呟くライアン様に、ジル様とアリーシャはそろって頷いてみせる。


「ええ、もちろんです」

「もちろんですわ!」


 その息ぴったりな様子を見て、ブライト様がくすりと笑って席を立った。


「それじゃあ、方針も決まったことだし僕は委員の仕事に戻るよ。どこに行くかは三人で決めて――――ライアン、上手くいくことを祈ってるよ」

「あ……おう……」


 ブライト様の言葉が意外だったのか、ライアン様が鳩が豆鉄砲でもくらったような顔でぎこちなく頷いた。




 その後三人で意見を出し合って、町で雑貨屋巡りをした後に公園でボートに乗る方向で話はまとまった。

 段取りは決まったので、あとはライアン様が誘うだけだ。

 頑張って、ライアン様。

 ジル様の中でエールを送っていると、おもむろに席を立ったアリーシャが本を数冊抱えて戻ってきた。


「ライアン様はこちらを読んで、片思いからの恋愛を参考にされるといいですよ」


 アリーシャが持ってきたのは、片思いがテーマの恋愛小説だった。

 こんなところまで私と同じとは。

 またしても私と同じ行動をするアリーシャにジル様が肩を震わせたのは言うまでもない。

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