第34話 きっかけは唐突に
ライアン様の観察を続けてさらに数日。
どうにかコーデリア様ときっかけが作れないかと物思いにふけっていると、帰り際にコーデリア様に声をかけられた。
「ジルベルト様! あの、今少しよろしいでしょうか?」
手を前で組んでもじもじと指先を弄る様子に、私は嫌な予感がした。
はっとしてアリーシャの席を見ると、彼女は既に図書室へ行った後のようだ。
二人で話しているところを見られなくてよかったとジル様の中でほっと息をついていると、話しかけられたジル様がコーデリア様に「どうしました?」と話の先を促した。
「あの、今度のダンスの授業なのですが……私、まだペアが決まっていなくて――――まだ決まっていないのでしたら、よろしければご一緒していただけないかと……」
「それは……」
ジル様が言いよどむ。
ダンスの授業のペアを決めるように言われたのは今日の帰りのホームルームでのことだ。
どうやらコーデリア様はジル様がアリーシャを誘う前に声をかけたようだ。
これでもう何度目でしょう。
その度にジル様がアリーシャと組むのでと断ってくださるのですが、彼女の空気の読めなさに、そろそろ私も堪忍袋の緒が切れそうだった。
そうして、ふと視線を感じてそちらに意識を向けてみれば、ジル様の視界の端にこちらを見るライアン様の姿が目に入った。
これですわ!
私ははっと思い立って、ジル様に断りなくライアン様に声をかけた。なるべくジル様っぽく聞こえるように。
「ライアン! 少しいいですか?」
「な、なんだ?」
いきなり声をかけられてびっくりしたように返事を返したライアン様をこちらに呼び込む。
勝手に口が開いたジル様が目を見開いて一瞬驚いたような顔をしたけれど、私はこの機会を逃すつもりはないのです。話が終わるまで黙っていてほしい。
そんな願いが通じたのか、ジル様は何も言わず私にこの場を任せてくれたようだ。
「ライアン、貴方、ダンスの相手は決まっていますか?」
「は?」
「いえ……実は次の授業、僕はアリーシャと約束をしていまして――――ライアンがまだ決まっていないようでしたら、コーデリア嬢と組んでいただけないかと思って……」
ライアン様が驚いたような顔でジル様な私とコーデリア様を見る。
このところずっとコーデリア様と話すきっかけを伺っていたのは知っているのです。
きっかけは作ったので、あとはライアン様次第だ。
ライアン様は首の後ろをかいて視線をさまよわせると、覚悟を決めたようにまっすぐにコーデリア様に向き直って片膝をついた。
「コーデリア嬢。よろしければ次のダンスの授業、俺とペアを組んでいただけないだろうか」
まるで物語の王子様のように片手をコーデリア様に差し出す。
ライアン様、こんな一面がおありだったのですね。
普段ちょっと粗野なところがあるので、私はそんなライアン様の姿を意外だと思いながらコーデリア様の反応を伺った。
まるで王子様のような誘われ方をしたコーデリア様は驚いたように目を見開いて固まっていたが、ややあってわずかに頬を赤らめると、ライアン様の手に自分の手を重ねた。
「し、仕方がありませんわね。ジルベルト様のご推薦ですもの、私でよければお相手いたしますわ」
「! ありがとう!」
コーデリア様の答えに、ライアン様は少年のように顔を輝かせて屈託のない笑顔を浮かべた。
「それより早くお立ちになって。いくら一番後ろの席でも、少し恥ずかしいですわ」
帰りのホームルームが終わった後で人が少なくなってきたとはいえ、教室にはまだほどほどに人が残っている。
一番後ろの目立たないところでも、人の目があるところでこれはいささか恥ずかしい。
ライアン様は上機嫌で立ち上がると、重ねたままのコーデリア様の指先に口づけた。
「今度の授業、楽しみにしてるよ」
「わ、わかりましたわ! ごきげんよう!」
きざったらしい様子に、コーデリア様は顔を真っ赤にして逃げるように教室を出ていった。
その様子を微笑ましく見守っていると、ライアン様に「ジルベルト」と声をかけられた。
これ、私が答えていいのかしら?
五秒ほど間をおいてもジル様がしゃべる様子がないので、代わりに私が口を開く。
「なんですか?」
「恩に着る!」
腰から折れるようにライアン様が深々と頭を下げた。
そんなに感謝をされても困る。こっちは下心満載でライアン様に声をかけたというのに。
私は居心地が悪くなって、慌ててライアン様に声をかける。
「あ、頭を上げてください。ライアン様」
「さま?」
「あ、いや、ライアン。そんなお礼を言われるようなこと、わた……僕はしてませんから――――だから、ほら、頭を上げて」
なんとなく、教室に残っている人の視線が集まっている気がする。
その視線に耐えがたくなって、私はこの場から逃げ出したくなった。でも、体の支配権はジル様にある。
私はジル様が察してくれるのを祈りつつ、別れの言葉を口にした。
「じゃあ、僕はこれから用がありますので。ごきげんよ……じゃない。また明日、ライアン」
なんか焦ったせいで言葉遣いがめちゃくちゃになってしまった。ごめんなさい、ジル様。
そのせいか、頭を上げたライアン様が変な顔してジル様を見たけど、ジル様はそれを涼しい顔で受け流した。
「では、僕はこれで」
ジル様が口を開いて、机の上に用意してあった鞄を掴んですたすたと歩き出す。
どうやら私のしたいことを察してくださったようだ。
ジル様は涼やかな顔をしたまま廊下を進み、特別棟へ続く渡り廊下をすぎて角を曲がったところで蹲った。
誰もいない廊下に蹲ったジル様は、はぁーと脱力して長いため息をつくと恨みがましいような声を上げた。
「…………いきなり何をするのかと冷や冷やしましたよ」
「ふふふ……申し訳ありません。今しかないと思ったもので、つい――――でも、ほら。おかげさまでライアン様がコーデリア様と話すきっかけを作ることができましたわ」
「まぁ、確かに……」
「コーデリア様もまんざらではなさそうでしたし、あとはライアン様に頑張っていただきましょう!」
「そうですね」
「という訳で、これからもこっそりライアン様を観察したいので協力をお願いしますわ」
「――――正直、貴女が他の男を見るのは耐えがたいですが、仕方がありませんね」
ジル様は諦めたように呟いて立ち上がると、放課後の勉強会へと向かった。
***
数日後。
ダンスの授業で一緒にワルツを踊るライアン様とコーデリア様に目を向けた。
少しぎこちない様子で踊るお二人は時々笑い合いながら、ステップを踏んでいる。
なんだかんだで楽しそうな様子に、私は内心ほっとする。コーデリア様に無理にライアン様を押しつけてしまったような形だったので、少し気になっていたのだ。
「ジル様? どうかされました?」
声をかけられて、ジル様の視線が目の前で踊るアリーシャに戻る。
アリーシャの背中に片腕を回した状態なので、結構体が密着している。
彼女の瞳の中にジル様の顔が映りこむ。
ジル様は小さく首を振ると、目を細めて微笑んだ。
「いいえ――――ただ、うまくいくといいなと思って」
「?」
言われていることの意味がわからずきょとんとするアリーシャに代わって、私は心の中で同意する。
『私も、そう願っておりますわ』
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