第33話 その想いは恋なのか
「ジル様が落ち着かなくてと言っていた意味がわかりましたわ」
レイ家からの帰りの馬車の中で、私はジル様にブライト様のお屋敷の感想を告げた。
ブライト様のお屋敷はなんというか凄かった。
ドアや窓が勝手に開いて、本は宙を飛んだ。
ブライト様が言うにはお茶目なご先祖様がここにいるって自己主張をしていらっしゃるそうなのですが、どうみてもポルターガイスト現象のそれに、私もジル様も顔を引き攣らせながら終始落ち着かない時間を過ごした。
さすが、レイ家。
なるほど、あの家で育てばブライト様のようにちょっとしたことでは動じない子供に育つのですね。
私の感想を聞いて、ジル様も苦笑いを返してくれる。
「あれは何度見ても慣れるものではありません」
「同意いたしますわ……それにしてもブライト様のお部屋、すごい蔵書でしたわね。ベッドから飛び出してきた本なんか外国の言葉で書かれていて、私には全く読めませんでしたし」
「ブライトはちゃんと読めるそうですよ。レイ家には魔術関係の本が集まるそうで、そういった本が読めるように教育を受けると言っていました」
「ブライト様も大変なんですね」
「彼も一応はレイ家の嫡男ですからね――――まだ公にはされてませんが、ブライトが家を継ぐことはないそうですが」
そう言って、ジル様は少し声を落とした。
同じ嫡男でありながら、その外見から家を継ぐのを是とされなかったブライト様のことを思っていらっしゃるのかもしれません。
「…………今日のブライト様、どこかおかしくありませんでしたか?」
私はずっと気になっていたことをぽつりと口にする。
いつも飄々とつかみどころのないブライト様が、珍しく感情をむき出しにして射貫くような目でジル様を見ていた。
それに関してはジル様も思うところがあったようで、「確かに」と口元に手を当てて窓の外を見た。
「――――ブライトは絶対あり得ないと言っていましたが、貴女のことが好きなのではないですか?」
「え?」
ジル様から言われたことが瞬時に理解できずに、頭の中で反芻してから力いっぱい一蹴する。
「いえいえいえ! 絶対、ぜーーーったい、あり得ませんわ!」
「なぜそう言い切れるんです?」
「だって、ブライト様は私なんかよりジル様の方が大事ですもの」
「は?」
「以前、ブライト様から聞いたことがあるのですよ。ジル様と親しくなれたから、今の自分があるのだと。そして、誰よりジル様の力になりたいと――――思えば、あの時のブライト様のお顔はとても冗談を言っているようには見えませんでした」
「なんです!? その愛の告白みたいな展開は……」
この時間軸ではないけれど、ブライト様は以前そう言って眩しいものを見るような目でジル様を見ていた。いつも飄々としていたブライト様の本心を垣間見たような気がして、珍しいと思ったのをよく覚えている。
だからこそ、どうしてジル様を失った私に求婚してきたのかはわからないままなのですが。
「好きの形は違いますが、私もブライト様もジル様が大好きなのです。私もブライト様も一番はジル様で――――だから、あの方がジル様を裏切るようなことはきっとありませんわ」
そうきっぱりと伝えれば、ジル様は呆気にとられたような間の後に少しむすっとして小さくため息をついた。
「今、僕は聞くんじゃなかったと後悔しています…………少し、妬けますね」
「え?」
「いえ、何でもありません。とりあえず、ブライトのことはわかりました」
そう言ったきり、ジル様は窓の外を見たまま口を閉ざした。
私も同じように窓の外を眺める。
もうすぐ日が暮れる。
夕焼けに染まる静かな車内に、ガタガタと揺れる音だけが響いた。
***
休日が終わり、学園生活が戻ってきた。
お昼ご飯を食べて午後の眠くなる時間、次の授業は男子生徒と女子生徒で別れているため、今教室には男子生徒しかいない。
ジル様の体に入ってわかったことですが、その場に同性しかいなくなると恋愛ごとの話や下世話な話をする人が結構いる。
恋の話が好きなのは女の人だけかと思っていましたが、男の人もこういったお話は好きなようだ。女の人と違って破廉恥な方面で少々過激な発言が多いようですが。
娼館に行ったとかいう話を流し聞きながら、私はちらりと教室の後ろの方にたむろっている男子生徒たちに目を向ける。
その中にライアン様がいた。
ご友人数人と楽しく話してらっしゃいますが、その視線が時折窓の外に向けているのに気がついた。
窓の外に何があるのでしょうか。
そう思って目を凝らしてみると、窓の外――中庭に女生徒たちがお茶会の準備をしているのが見えた。
そういえば、今日はお茶会の実習でしたわね。
女主人となればお茶会を主催したり招待されたりすることもあるので、その手順や作法を学ぶのです。
その時間、男子生徒は領地経営などの授業が行われる。
いつもなら全くわからない話に欠伸をかみ殺してうとうとしているところですが、せっかくなのでライアン様を観察してみることにした。
ジル様は一番後ろの席なので、首を巡らせればどの席の様子も伺うことができる。事前にこっそりお願いしていたので、ジル様は時折ライアン様の方に顔を向けてくれた。
ライアン様は窓際の後ろから二番目の席に座って、頬杖をつきながら教科書をめくっていた。とてもつまらなさそうに欠伸をして、そのまま流れるように窓の外に目を向け目元を緩ませる。
どなたを見てらっしゃるのでしょう。
ここからでは漠然と女子生徒を見ているようにしか見えない。
これはもっとよく観察してみる必要がありそうだと、帰りのホームルームでクラス全員が席に座った状態で視線を向けてみれば、なんとなくコーデリア様を見ているような気がした。
ジル様のおっしゃる通り、ライアン様はコーデリア様に好意を寄せているのかもしれません。
その日から、ライアン様を観察する日々が始まった。
***
数日後。
勉強会の後、ジル様とブライト様しかいなくなった図書室で私は結論を口にした。
「間違いありませんわ、ライアン様はコーデリア様に片思いをしてらっしゃいます!」
授業を受けなくていいのをいいことに、可能な限りライアン様を観察してみた。
ライアン様は気だるそうに授業を受けながら、何度も同じ方へ目線だけ動かしていた。
その先にいたのはコーデリア様。
「あの静かだけれど熱のこもった視線は、間違いなく恋する乙女の目ですわ!」
そう力説すれば、ジル様とブライト様が顔を見合わせて何とも言えない顔をした。
ああ、もう。これだから乙女心のわからない殿方というのは。
私はジル様に恋愛小説の本が陳列されている本棚へ移動するように頼み、そこから取り出してほしい本のタイトルを二つ読み上げる。
「『隠さなければならない想いと偽装の婚約者』と『秘めし想いは心に積もる』――お二人はこちらの本を読んで乙女心を勉強してくださいませ!」
「えー……」
ブライト様から明らかに嫌そうな声が上がる。
「ブライト様は魔術書ばかり読んでらっしゃらないで、たまにはこういった本を読んでみるべきです!」
「だってこれ、恋愛小説じゃないか」
「乙女心を勉強するには教科書なんてありませんもの! こういった読み物でシチュエーションや感情を理解していただくのが一番わかりやすいのです!」
そのやりとりにジル様がクスっと笑いを漏らしたので、私はジル様に向けても声をかける。
「ジル様もです! こうして一緒に生活するようになって、ジル様がいかに乙女心を理解していないかがよくわかりました。アリーシャのためにも、ジル様も勉強してくださいませ」
「う……」
思わぬところからの追撃に、ジル様が藪蛇だったかとばかりに目元に手を当てて押し黙った。
どうやら、ご自覚はあるらしい。
お二人が私の選んだ本を一冊ずつ鞄に入れたのを見て、満足して頷く。
なんだか論点がずれてしまったけれど、ライアン様がコーデリア様に少なからず好意を寄せているとわかれば事は進めやすくなる。
ライアン様を見る限り、コーデリア様に話しかけるタイミングを計っているようにみえた。
なんとかきっかけを作ってあげられたらいいのだけれど。
そんなことを思いながら、ジル様と一緒に帰途につくのだった。
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